第3話 学校に魔女がいる

「――」

『……』


 異なる二つの沈黙。

 前者がクロこと猫田ねこた 玄乃くろの。高校二年生十七歳。

 後者が美海みみさんこと猫田ねこた 美海みみ。年齢非公開。

 

「女になっちまったんだぁぁぁぁ!!!」


 スマホに向かって玄乃がそう叫んだのが数分前。

 自分が相談される立場だったなら『お前、何言ってんの?』的な反応をするセリフを実の母親にした玄乃。


『アンタ、何言ってんの?』


 案の定、美海からある意味予想していた反応が返ってくる。が、次のセリフは斜め上を行った。


『女の子なんだから、女の身体になったもないでしょ』

「――は?」


 言われたことの意味が分からない玄乃。

 一瞬、美海が冗談を言っているのかと思いしばらく無言。そして同じく美海も無言。それが冒頭の状態。

 さらに数分経過して。


「いやいやいや。マジで冗談でもなく真剣に相談してるんだけど?」

『真剣にって。男の身体になってたって言うならわかるけど。クロ、アンタは私のお腹の中にいるときから女の子なんだから』

「――マジで冗談とかいいから、美海さん。オレ、ほんと真剣マジなんだ。まだちゃんと理解出来てないっていうか、受け止めきれてないから冗談に付き合う余裕はないんだよ!」

『クロ、どうしちゃったのよ? どこか身体の調子でも悪いの? もしかしてせい――』

!!」


 美海に皆まで言わせず被せるように禁句の言葉を叫ぶ玄乃。

 美海には時折ブツブツと呟きながら考えにふける癖があり、そうなった場合には周りの声が聞こえなくなる。そんな時、小学生だった頃の玄乃は美海の気を引きたくて"おかあさん"と呼んだ。すると我に返るのだ。あとでお仕置きが待っていたが。


『こぉらぁ、クロっ! おかあさんって言うなって言って――!?』


 耳にあてたスマホのスピーカーの向こうで息を吞む音が聞こえた。


『――クロ、ちょっと顔見せなさい』


 先ほどまでとは打って変わって真剣味を帯びた美海の声。


「あ、あぁ」


 急変した美海の様子に戸惑いつつ、玄乃はとりあえず言われた通り部屋のメインモニターを起動させてスマホとリンクさせると、通話用インカムを左耳に付けたタイミングでモニターに美海の顔が映し出された。

 同時にこちらの顔も向こうのモニターに表示されているだろう。


「――」

「――」


 先ほどとは違う沈黙。

 先に口を開いたのは美海の方だった。


「――はぁ。そういうことか。まいったわね」


 諦めとも落胆とも感嘆とも違うため息。


「な、なんだよ、美海さん」


 その様子に若干の不安を覚えて少しのけぞる玄乃。


「クロ、アンタ面倒ごとに巻き込まれたわね。それも

「面倒ごと?」


 この時点ですでに嫌な予感しかしなかった。


「さて。何から説明しようかしら。とりあえず、クロ。アンタ、今日の一時間目は諦めなさい」

「え?」


 戸惑いの声を上げつつ、玄乃は美海の言った言葉の意味を考える。

 学校を休めではなく、一時間目を諦めろと美海は言った。

 休むほどの事ではないが簡単に説明出来ない面倒ごと。


(一体、オレは何に巻き込まれたんだ?)


「そうね。手っ取り早く結論から言うと、クロ。今アンタに起こってる現象は

"魔術"によるものよ」

「――魔術?」

「えぇ、そうよ」

「――だから美海さん。じょうだ――」

「冗談でも何でもないから、ちゃんと聞きなさい、クロ」


 先ほどの逆で、今度は美海が玄乃の言葉を遮る。


「この世界にはね。確かに"魔術"というモノが存在するの――」


 美海曰く。

 この世に存在する魔術というのは、マンガやアニメなどに出てくるような火の玉や雷などを放つ術――いわゆる攻撃魔術といったものではなく、この世ならざる事象のことを指す。

 例えば北極圏や南極圏のそれとは違う夜のない世界。また、その逆の昼のない世界。

 例えば死んだはずの家族や恋人などが生きている世界。

 例えば数年前や数十年前の過去の世界。

 世の理を無視した事象、現象が起こる時、そこには"魔術"が在るのだ。


「――まぁ、でも。そんな大きな事象を起こすような大魔術なんてそうそう起こることはないんだけどね」


(それが本当なら怖ぇことだけど。言うに事欠いて"魔術"って)


 半信半疑どころが全疑状態の玄乃だったが、心の中で留めておく。

 まだ美海の説明は続きそうだったから。


「それからこれはとても重要なことなのだけど、魔術は自然に発生することはないわ。魔術が発生する時、そこには必ずがいるの」

「魔女?」


 魔法使いでも魔術師でもなく。

 美海は"魔女"と言った。


「魔術を使うのは女性だけ。特に多感な年ごろの女の子に多いわ」

「――女だけ? 男は使えないのか?」

「可能性として男性でも使える人がいるかもしれない。けれど、少なくとも私が知る限り男性が魔術を発動させたという話は聞いたことがないし、そういった記録も見たことがないわね」

「でもさ。誰もいないような場所でこっそり使った奴がいたかも知れないじゃないか」

「その可能性は極めて引くいわね。まぁ、今は男性うんぬんの話はいいわ。それよりクロ。最近アンタの身の周りの女の子で変わった行動をし出したとか、そういうのを見たり聞いたりしてない?」

 

 中性的な顔立ちをした玄乃は、実は本人のあずかり知らぬところで女子に人気があったりする。しかし本人の鈍感さとなぜだか広まっている"女嫌い"という噂のせいか告白された経験はない。もちろん逆も。

 玄乃も健全な男子高校生なのでちゃんと色恋沙汰には興味もあるし、彼女と一緒にピンク色の学生生活を送りたいとも思っている。が、特に誰か特定の気になる女子がいるという訳でもない。強いて言えば"女子全般が気になる"というところか。

 一歩間違えれば変態の烙印を押されかねないけれども。


「たぶん何もない……と、思う」


 比較的話をする何人かの女子の顔が浮かんだが、これといって何かあったかと聞かれれば特に思い浮かぶようなこともない。


「そう。今のクロのように急な変化が起こるとしたら、その切っ掛けは普段とは違う出来事が魔女の身に起こった場合が多いのだけれど」

「――あ、そういえば……」


 美海の普段とは違うという言葉に昨日の学校帰りの出来事が思い浮かんだ玄乃は、そのことを美海に話してみた。


「――その同級生の委員長さんは普段と何か違ってるように見えた?」

「そう言われてもなぁ。別に毎日話しをするような仲でもないんだよなぁ。他の女子と同じで特別親しいってことでもないし、普段と違うとかわかんねぇよ」


 髪型が変わったとか、メガネからコンタクトに変わったとかならわかるが、プライバシー的な内面での変化なんてわかる訳もない。


「アンタ見た目は結構イケてるのに割と寂しい学生生活送ってんのね」

「ほっといてくれッ!」


 自分でも多少思うところもあるので何気に傷つく一言ではある。


「それじゃ、助けてあげたってもう一人の子は? 同級生じゃないのね?」

「あぁ」


 昨日、駅まで送った後、迎えの車が来るまで一緒にいたのだが、その間に聞いたことと言えば、彼女が玄乃たちより一つ年下ってことと、父親が某有名ゲームメーカーの副社長をしていること。中学までは車で送り迎えをしてもらっていたが、高校に入って一人で通学し出したってことくらいだった。


「――で、初めて不良に絡まれる怖い経験をした――と」


 モニターの向こうで美海が腕組みをしつつ、何やら思案する様子。

 

(やべ。考えに耽る癖スリープモードに入っちまう!?)


 玄乃は慌てて美海に話かける。


「も、もしかして昨日の彼女が魔女ってやつなのかも!」

「――その可能性も考えられるんだけど……どうも話を聞く限りしっくりこないのよ」

「しっくりこない?」

「クロ、アンタの学校に魔女がいるのは間違いないと思うんだけど、その魔女の子、相当な力を持っていると思うわ」


 考えに耽る癖スリープモードに入らなかった美海の説明は続き、終わった頃には二時間目にも間に合いそうにない時間だった。

 

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