第4話 今日から女子高生

 二時間目の休み時間。

 二階にある自分の教室に行くために螺旋階段を昇る玄乃。

 校舎に入って何人かの生徒とすれ違ったが、特に奇異な目で見られることもなかった。昨日まで男で只今絶賛女子なのだが。


(と、とりあえずセーフ……で、いいのか?)


 しかし、今まで知り合いに会うことはなかったが、二階からは二年の教室が並ぶのだ。見知った顔も見かけるし、何より教室に行けば全員が玄乃のことを知っている。女になった自分を見てどういう反応をされるか正直怖い。

 玄乃としては今日ぐらいは学校を休みたかったが「今日、明日で解決するようなことじゃないから、とりあえず学校には行ってきなさい」と、美海が休むことを許してくれなかった。

 サボろうかと思ったが、後でバレることだし、学費、生活費を払ってもらっている身としては美海おやの言うことは聞いておくべきだ。そういったところはちゃんとしている玄乃だった。

 二年七組のクラス札が見えた――と、教室の入り口から女子生徒が出てくる。そして玄乃の方を見て驚いたように大きく目を開く。


「あ――」

「よ、よう、い――委員長」


 玄乃は自分でも引きつった笑顔であることを自覚する。


(うッ! や、やばい。いきなり女になってることがバレた!?)


 思わず学生鞄スクールバッグを胸元で抱え込む。さらし替わりにスポーツタオルで胸をきつく巻き付けているのだが。


「――こ、これは……だな。ちょっと説明が難しい複雑な事情があって――うぉぉ!」


 しどろもどろの言い訳の途中でいきなり、バシン! と衝撃が頭を襲う。

 反射的に後ろを振り向くと、そこには黒とピンクを基調としたジャージに身を包んだ女性教師――一部、二年生の生徒から"女侍"と呼ばれている古典教諭兼女子柔道部顧問の如月きさらぎ まといが出席名簿片手に立っていた。どうやらそれで頭を殴られたらしい。


「――重役出勤か? 猫田。私の授業をサボるとはなかな良い度胸だな、おい」

「げッ! 如月!!」

「"先生"を付けんか、ばか者!」


 再び出席名簿が降ってくる。

 玄乃のクラスは今日一時間目が古典で、隣のクラスは二時間目が古典だったらしく、教室から出てきた纏に運悪く見つかった――という顛末。

 ちなみに纏は玄乃のクラス担任で、"女侍"の由来は背が高く男役の歌劇団女優のように凛々しく、束ねた後ろ髪――ポニテが野武士のまげのように見えることから来ていた。


「ってぇなッ! この暴力教師! 教育委員会に連絡するぞ!?」

「ふん! この紋所が目に入らぬか!?」


 時代劇マニアと噂の纏がどこからともなく取り出したのは、白い長方形の封筒。そこには"退職届"と書いてある。


「私にはいつだって辞める覚悟がある。だから手加減なんてしないからな」


 昨今では教育現場に限らず、社会通念としてどんな理由、どんな形であれ暴力は絶対的にご法度である。例え「愛」ある教育的指導であったとしても、「体罰ぼうりょく」としてカテゴライズされるのだ。

 しかし纏は信念をもって指導をしている自負がる。が、それが認められない世の中であることも承知している。そのための"退職届"なのだ。"退職願"ではなく。

 何かあれば責任を取る用意はしている。だから信念を曲げない。如月 纏とはそういう教師だった。そんな竹を割ったようなスパッとした性格は生徒たちからは人気があり、玄乃も嫌いではなかった。


「そんな訳で猫田。お前にプレゼントだ。放課後に職員室に持ってこい――カンニングするんじゃないぞ?」


 そう言って一枚のプリントを渡される。古典の小テストだった。

 要件は済んだとばかりに纏は階段へ向かっていく。職員室に戻るのだろう。


「――ったく、最悪だ」


 叩かれた頭部をさすりつつ愚痴をこぼすと、再び前を向く。


「えぇ、と。なんだっけ? 委員長」

「ん。後ろに如月先生がいるよって言おうとしたの」

「――もう少し早く言って欲しかったな」

「ところで猫田……」

「はい――え? "さん"? ――あッ!」


 "くん"ではなく"さん"。

 それに先ほどの如月は「女子生徒だろうと」と言っていたことに気づいた玄乃は思わず声をあげた。

 そんな玄乃の顔をジッと見つめてくる委員長。


「な、なに?」

「あなた、私の名前覚えてないでしょ?」

「そんなことある訳ないだろ」

「じゃ、名前を呼んでみて」

「委員長の名前だろ? え~と……あれ?」

「やっぱり。猫田さん、私の事"委員長"としか呼ばないからそうじゃないかと薄々思ってたのよ」

「はは、は」


 笑って誤魔化す玄乃。

 言われてみれば委員長のことは委員長としか呼んでなかった。


「――七々原ななはら 柚希ゆずき。ちゃんと覚えてよね」

「お、おっけ、うん。七々原さん。うん、覚えた」

「ありがとう。でも自分で言っておいて何だけど、あなたに"七々原さん"って呼ばれると、何かピンとこないわ」

「いや、そんなこと言われても。どうしろって言うんだ」

「そうね。呼び捨てで呼んでみて」

「――な、七々原」

「……うん。そっちの方がしっくりくるわ」


 何がどうしっくりくるのか玄乃にはわからなかったが、本人が納得しているのであればそれで良いんだろうと思うことにした。

 と、不意に委員長――柚希の指が首元に迫ってくる。


「!?」

「――ネクタイが曲がってる。


 そう言ってネクタイの曲がりを直してくれる。

 玄乃の通う高校はジェンダーレスの制服を採用していて、ジャケット・スカート・スラックス・ネクタイ・リボンなどの組み合わせを自由に選べるようになっている。

 大半の女子生徒はスカートとリボンを選ぶのだが、中にはネクタイとスラックスを選ぶ女子もいる。そういう意味では女の身体になってしまった今の状況であっても違和感なく今まで通りの学生服を着てくることが出来るのはありがたかった。ちなみにスカートとリボンを選ぶ男子は今のところ一人もいない。


「これで良し」

「さ、サンキュー」


 玄乃は礼を言いながらも思い返す。


(如月もいいん――七々原もオレが女になっていることに驚いていなかったな。オレが女なのが当たり前って感じだった)


「いけない! 休み時間が終わっちゃう!」


 そう言うと柚希は小走りで駆け出す。


「お、おい、七々原ッ! どこ行くんだよ! もうすぐ次の授業が始まっちまうぞ!」

「もう! 大きな声で叫ばないで!」


 玄乃の問いかけに眉根を寄せて、困ったような怒ったような表情の柚希。

 彼女が駆けていく方向には他のクラスの教室と――。


「あぁ、なんだ。トイレか。時間がないから急いだ方がいいぞぉ!」

「バカッ!」


 柚希がトイレに入っていくのを見送ると、玄乃は意を決して教室に入る。

 纏と柚希とのやり取りで随分と気が楽になった。

 教室の中はザワザワとしていたが、それはごく日常の休み時間の風景だった。

玄乃が教室に入って驚きの表情をするクラスメイトは一人もいない。

 クラス全体が玄乃が女であることを当然のように受け入れていた。


(とりあえず一安心だな。あとは男子生徒ヤローどもの中でオレと同じように女になっているやつは――)


 他のクラス全員を確認することは出来ないが、少なくとも自分のクラスの男子生徒は全員が男であることは分かった。

 

(そうするとオレだけが女になったってことか。魔術の対象は学校とかクラス全体じゃなくてオレ個人? いや、まだそう決めつけるのは早いか。とりあえず今日一日、学校の様子を確かめてみよう)


 今後の方針を決めると玄乃は自分の席へと向かう。

 今日から女子高生として玄乃の学生生活が始まる。いつ終わるのかは現時点で不明だったが。


「はぁ、まいったな」


 玄乃は自分の席につくとため息を一つこぼすのだった。

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