第30話 感謝

 どうしてシアナが少し怒っているのか僕にはわからなかったけど、とにかくそのシアナの問いにそのまま思ったことを伝える。


「連れ込んだって言うのかはわからないけど、女性……フローレンスさんのことを部屋に招いたよ」

「っ……!」


 僕がそう言うと、シアナは少し驚いた顔をしてから、少し間を空けて表情を落ち着かせて言う。


「……ご主人様、朝私が進言させていただいたことをお忘れになられたのですか?」

「覚えてるよ、まだ信頼関係の薄い人とか女性のことをこの屋敷に招かないようにって言ってたよね」

「それを覚えていらっしゃるのに、どうしてフローレンスさんのことを屋敷の、しかもこの部屋に招いたんですか?」


 ……やっぱり、シアナは少し怒っているみたいだ。

 シアナは、僕が日常の中で何か間違いをしてしまったとしても、大抵のことは笑って許してくれるから、シアナに怒りを向けられるのは今までにほとんど無い────どころか、初めてのことだ。

 朝、シアナがそのことを言ってきたのは、もし屋敷の中で僕が危険な目に遭った場合僕のことを守るのが難しいから、信頼関係の薄い人や女性のことをこの屋敷に招かないように気を付けてということだった……きっと、その僕のことを気遣ってくれたシアナの進言を破り、その気持ちも蔑ろにしてしまったから怒っているんだろう。


「気を付けるように言ってくれたのにそれを破ってごめん、全面的に僕が悪いよ……でも、僕がそのことを覚えていてもフローレンスさんのことを屋敷に招いたのは、フローレンスさんはもう十分信頼できる人で、シアナも一度会ったことがある人だから大丈夫かなって思ったんだ」

「それは、そうですが……でしたら、どうしてご主人様のお部屋に招いたのですか?」

「フローレンスさんが僕の部屋に行きたいって言ったから、断る理由もなくて部屋に招いただけだよ」

「それは────っ」


 シアナは何かを言いかけたところで、大きく目を見開いて、そのまま顔を俯けると、僕に頭を下げて言った。


「ご主人様、申し訳ありません……出過ぎたことを言いました」


 そう言って頭を下げるシアナの両肩に手を置いて言う。


「シアナは僕の心配をしてくれただけだから謝る必要なんてないよ……僕の方こそシアナに謝らないといけないね、シアナが僕のことを気遣って言ってくれたことを自分の判断だけで無視するなんて」


 僕は、シアナの両肩から手を離すと、シアナに頭を下げる。


「ごめん、シアナ」

「っ……!や、やめてくださいご主人様!ご主人様は頭など下げなくて良いんです!」


 ……シアナが求めていないのにこれ以上シアナに頭を下げるのは良くないことだと思った僕は、ゆっくりと頭を上げてシアナと目を合わせる。


「本当にごめんね、シアナ……僕のせいで不安にさせて」

「そのようなことはありません……!ご主人様……!」


 シアナは、声を震わせながら僕のことを抱きしめてきた。

 ────シアナが、メイドとして僕のことを慕ってくれているのがとても伝わってくる。


「す、すみませんご主人様!」

「ううん、嬉しいよ……シアナが僕のことを大事に思ってくれてるのがとても伝わってくるから」


 僕は、僕のことを抱きしめくれているシアナのことを抱きしめ返す。

 そして、シアナは声に力を込めて言う。


「ご主人様……!……本当に、本当にお慕いしています!」

「僕もだよ、シアナ……このロッドエル伯爵家に、メイドとして来てくれて、本当にありがとう」


 僕がそう伝えると、シアナは僕のことを抱きしめる力を強めて言う。


「私のお言葉です、ご主人様……いつも、本当にありがとうございます……」


 僕たちは抱きしめ合いながら感謝を伝え合うと、しばらくしてから抱きしめ合うのをやめた。

 そして、シアナが落ち着いた声音で言う。


「……申し訳ありませんご主人様、本日の夜にご主人様とお話させていただく件ですが、少し後にしてもよろしいでしょうか?」

「うん、そろそろご飯の時間だし、そうしよっか」

「ありがとうございます……では、失礼します」


 シアナは僕に頭を下げると、僕の部屋から出て行った。

 さっきシアナにも言ったことだけど、本当にシアナがこのロッドエル伯爵家にメイドとして来てくれたことが……ううん。

 ────シアナと出会えたことが、僕の人生で一番の幸せなのかもしれない。



◇シアナside◇

「……バイオレット」


 自室に戻ったシアナは、その名前を呼んだ。


「はい」


 すると、何も無かったはずの空間から黒のフードを被ったバイオレットが現れた────かと思えば。

 次の瞬間、シアナはバイオレットのことを抱きしめながら涙を流して言った。


「ルクスくんが、ルクスくんが!私にこのロッドエル伯爵家に来てくれてありがとうって、ありがとうって言ってくれたのよ!!」


 そう話してきたシアナの背中に手を回し、バイオレットは軽くその背中をさすりながら言う。


「聞いていましたよ……良かったですね」

「良かったなんてものじゃないわよ!メイドとしてルクスくんに近付いて本当に正解なのか、ルクスくんの迷惑になってないのかとか……色々考えて来たけれど、それがルクスくんのあの言葉のおかげで全て救われたのよ!!ルクスくんは私にありがとうって言ってくれたけれど、それは私の言葉だわ!!ルクスくんが居なかったら今の私は居ないし、ルクスくんが居なかったら私はただただ必要なことを淡々と無感情に行うだけのとても冷たい人間になっていたはずよ……だから、今こうして涙を流せるのも、嬉しいって思えるのも、ルクスくんの傍に居られて幸せだと思うのも!全部全部ルクスくんのおかげなのよ!!」


 それを聞いたバイオレットは、嬉しそうな表情で少し口角を上げる。


「……そうですね」

「そうよ!他にも────」


 その後、シアナはどれだけ自分がルクスに感謝しているのかをひたすら話し続けた────バイオレットはその話を遮ることなく、十分、二十分と嬉しそうにしながら聞き続けた。

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