第54話   手を引っ張ってもらうほど

 ど、どうしよう、めっちゃ細かく俺のこと描いてあったら。俺の様子とか、上げる声とか記録されてたら。


 めっっっちゃ恥ずい!!! ……けど、嬉じい


「もうイオラ、ちゃんと歩いてよ」


「……無理……手ぇずっと引っ張っててくれないと、無理」


 ノワールに手を引かれてなきゃ、一歩も自力で歩ける自信が、ない。きっと耳まで熱くなって、廊下でカチコチに棒立ちしたまま、思考ばかりがぐるぐる巡って、夕方までここで動けない自信なら、あった。


 情けない、けど、ノワールに引っ張ってってもらいながら、ピンクの絨毯の敷かれた廊下を歩いていった。


 俺の、胎ん中とかも ピンク色してるのかな……自分じゃ目視できない場所を、あいつは 調べ尽くしていて……どこが痙攣するのか、とか、太い棒を奥まで挿し込むにはコツが要るんだ〜とか、詳しく書いてあったらどうしよー! 恥ずがじいよ~!


 でも見たい。カルテに書いてあること、描かれてあること、全部見たい! あいつが俺にどれくらい時間かけたのか、熱意を向けてくれたのか、知ってみたいぃ……。


 我ながら気持ち悪いこと考えてるよな~と、自暴自棄にもなりながら、ぐいぐい引っ張られて歩かされてゆく。


 前方から、鎧を着たままの兵士さんが二人、真剣な面持ちで話し合いながら、歩いてくるのが見えた。盗み聞きする気はなかったんだ、でも、ルナが率いる部隊だからってだけで、その人たちのことも気になってしまって……つい、耳を傾けてしまった。


 兵隊さんが話してる内容は、ルナの身の上を哀れむたぐいだった。


 ここは、ルナが頑張って治めている国って言うより、ルナがその力を周囲から怖がられるあまりに、押し付けられた辺境の地だった。妖精たちとの争いの絶えない国境付近……代々目の輝く人間は、この地に赴任させられて、その責任は重大で、妖精に負ければ国境が崩されるから、ずっとずーっとこの土地を守り、妖精たちに勝ち続けなければいけない。


 ルナが命を落とすか、後継ぎとして親族に年若い輝く目が産まれるまで、ルナはここから離れられない。


 人間の身でお師匠様と互角に戦えるのは、輝く目を持つ若い王族にしか、できないことだから。


 じゃあ今の俺の状況は、お師匠様と長年争って打ち負かし続けてきた側に、捕虜として捕らわれている形に近いんだな。最初はほんっとーに、よくメンタルが崩壊しなかったなって自分でも思うほど苛烈な性虐待を受け続けてたな……けっきょく、あれは俺の体内を調べてただけだったんだけど、なんか、それ以外の余計な刺激も受けてたな……それはまあ今は置いといて、ひたいに汗が浮くほど痛い思いもした、それでも、耐えられたのは……


『よく頑張ったね』


 ふいに浮かんだ声と、優しい微笑みに、全身が熱くなった。


 な、なんで今、あいつにまぶたキスされたときの笑顔が浮かんだよ! べべべつに、耐え抜いたらたっぷり褒めてもらったり、抱きしめられると胎の内側からじんわりするからスキとか、全然そんなんじゃないからな! それに、最近の検査は全然痛くないし、あいつらも真剣に胎の中の腫瘍と向き合ってるんだなっていうのが伝わってくるし、それに、その……気持ち良くされるとマジでヤバくて、一度も吹くの我慢できた試しがないし……あれ? 俺なに考えてたんだっけ?


 変なの、お師匠様の太い指だって気持ち良かったのに、もうアレは怖くて無理なんだ。今の俺を別の何かに変えるための行為だし……ゆくゆくは俺を妊娠させる目的があるし……。


 それに比べたら、王子たちがやってるのは俺を元通りに戻すことだから、お師匠様と王子たちを比べると、どうしても後者に軍配が上がる。お師匠様の方が、優しくて、あったかいんだけど……その優しい眼差しは、俺の中に別の人を見ているんだ。


「着いたよ。ここがカルテをしまってある部屋」


 え? あ、そうだった……俺はカルテを見たがってて、ノワールに案内してもらってた最中だった。なんか、ルナを好きになってから、意識が過去まで飛んでっちゃって、急に時間の感覚がおかしくなる感じが増えてきた気がする。


 俺は部屋の扉を一瞥して、眉をひそめた。


「ここ、サフィールの部屋じゃん」


「うん。サフの自室のとなりの部屋に、特別な倉庫があるの。サフの部屋からしか、入れない造りになってるんだよ。倉庫には、第三者の目に触れるとまずいかも、っていう特別なカルテがしまわれてあるんだ。イオラも、ルナにとって特別なんだよ」


「第三者の目に、触れるとまずい……か。たしかに俺は今、お城の人達からどう思われてるのか、全然わかんないしな。用心しとくに越したことないよな」


「ルナに特別扱いされて、嬉しいって顔してる。顔ニヤけてて、気持ち悪い」


「ニヤけてねえよ……」


 いや、ニヤけそうになってるのが自分でもわかるくらい、今顔に力こめて必死に耐えてる。恋愛事に一喜一憂するなんて、こんなの、俺のキャラじゃねえ。


「にしてもさ、サフィールの部屋の隣がそんなに大事な物置きになってるだなんて、それってルナからよっぽど信頼されてるってことじゃん。伊達にあいつの弟を名乗ってないな」


「うん。あの倉庫に侵入するなら、サフと戦って勝たなきゃ。でもボクなら入れるの。イオラも入ろ」


「え? 戦うの無理なんだけど。大丈夫なんだよな、勝手に入っても」


「うん。カルテを見終わったら、すぐに倉庫から出れば平気だよ」


「えええ~? 激怒したサフィールが、魔法の杖を振り回して俺達を追いかけてきたら、ちゃんと庇ってくれるんだよな?」


「無理。だから急いで見ようね」


 やだよ、ゆっくり見させてくれよ……。浮かれてた気持ちが一気に冷めたわ。


「俺、お前らが嫌がることしたくねえんだよ。誰かが隠してるもんを引っ張り出してまで、見たいと思わねえ」


「いいの? もうこんなチャンス、来ないよ? だってサフは、ルナからキミの護衛を頼まれてる立場だから、サフが会議から戻って来ちゃったら、イオラが倉庫に忍び込めるチャンスが無くなっちゃうよ? いいの?」


 ぐ……こいつ、ほんっとに他人の心を誘導するの上手いよな。そんなふうに言われたらさ、そうだ今がチャンスだぜ! って思っちゃうじゃんか。


「それじゃあ、その……お前は廊下で見張っててくれよな、誰も来ないように」


「うん。イオラ、頑張ってね」


 真剣な眼差しに見送られながら、俺はおそるおそる、扉のドアノブに手をかけて……え、回らないんだけど。鍵が掛かってるじゃん!


「なあ、鍵が」


「ああ、そうだったね。ちょっと待ってて」


 合鍵でも渡されてんのか? さすがサフの彼氏だな……って、こいつの片手人差し指が鍵の形に変身して、鍵穴に差し込んでガチャッと解錠しやがったぞ。


「はい、開いたよ」


「お前もしかして、どんな鍵でも開けられる系の能力者?」


「どんな鍵もは無理だよ。じっくり観察して、鍵の形状を記憶して、何度も練習して、ようやっと鍵を再現できるようになるの」


「あ、けっこう地道なことしてるんだな」


「うん。いつでもサフやルナリア王子にも変身できるように、二人の体のパーツを再現した木型で、毎日練習してるんだよ」


「もしかして、お前の部屋中にぶらさがっていた、あのたくさんの手足のパーツが?」


「うん。いろんな人の胴体や頭部のサイズも揃えてあるよ。イオラのいろんなパーツのサイズも測ってあるから、練習したら変身できるよ」


「やめてくれ、怖い」


 なんなんだよ、この会話は。やっぱこいつ怖えよ、一人だけバケモノ感が半端ねえんだよな。


「それじゃ、行ってくるわ……ちゃんと見張っててくれよな!」


「うん、任せて」


 そのバケモノに見送られながら、他人の部屋に無断で侵入してカルテを確認しようとしてる俺も、だいぶ頭おかしいけどな。


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