第53話 期待しちゃう、かも
「イオラは、お城のどこに行きたい?」
「え?」
「全部を案内できるわけじゃないけど、イオラもこのお城に長く世話になる身の上だから、どこにどんな部屋があるかとか、入っちゃダメな部屋はどこかとか、把握しておいたほうがいいと思うの」
「ああ〜……なるほど。でも俺がここに居られるのって、俺の胎の中の卵作る臓器が、消えるまでの間だろ? で、もうすぐ消えるんだし、そこまでお城の案内に気合い込めなくても――」
「イオラは、ここから出た後に生きていける宛てがあるの?」
「いや、無いけど……」
俺ぜんぜん将来のこととか、考えてないよな〜。ってか、考えようがなくね? 元の世界に帰れる方法とか、そういう手がかりすら、なんにも無いし……俺マジでどうしたらいいんだろ……。
「ここに居なよ、イオラ。ルナリア王子のこと、ここでいっぱい愛してあげて」
「……」
返事に、困ってしまった。
「あのさ、お前もサフィールもそう言うけど、ルナはどう思ってるか、わかんねーじゃん。ってか俺、一回フラれたし。あのぬいぐるみだって、毎年届いてるそうだけど、ルナは何も言わず受け取ってるんだろ? 俺はぬいぐるみじゃねえよ、だから、必要とされてないのにそばにいるのは、つらいよ」
ましてや四階に押し込められるだなんて、もってのほかだ。俺のことがマジで必要ないなら、放逐してくれマジで。そのほうがお互いに楽だろ。
「イオラは、あのクマが必要ないと思ってるんだ」
「違うのか? だってルナは偽物の動物よりも、本物を解剖して経過を観察するようなヤツだろ?」
「それだけじゃないよ。なんだ、イオラはルナリア王子のこと、ちょっとしか知らないのか」
「なんだよー、当たり前だろ? 最近知り合ったんだし」
「ルナリア王子は、あの大きなぬいぐるみを受け取ることで、お父さんと繋がってるの。ルナリア王子、一度も贈り物を拒んだことがないの。お父さんからのプレゼント、全部受け取って、飾ってるんだよ」
「誰の贈り物でも、拒まず受け取ってるのか?」
「そういうわけじゃないよ。怪しい賄賂みたいな贈り物は、ちゃんと断ってる。お父さんからのプレゼントだけは、どんなに変なぬいぐるみでも、ちゃんと受け取ってるって話」
嫌々受け取ってるわけじゃないのか? 俺だったら、何歳になってもデカイぬいぐるみが届いたら、送り主に電話をかけてやんわり断るぞ。
「でもルナはさ、ぬいぐるみが好きなわけじゃないんだろ?」
「うん。彼の趣味じゃない。ルナリア王子が受け取ってるのは、お父さんから届く、『申し訳なさ』の気持ち。目の輝く子供は、このお城に住まわされて、ずっと妖精たちと戦うことが王様から命令されるの。ルナリア王子の家族、ぜんぜんこの城に来てくれない。でもそれは、万が一妖精に捕まって人質にされるのを、防ぐため。ルナリア王子はずっと、ここで独りで戦ってるの」
「……それで、親父さんから届く申し訳なさの気持ちを、受け取ってるって? 会いに来れなくてゴメンってか? そんなの、寂しいよ……」
せめて電話とか、あ、そうか、ここにはまだ無いんだった。
「ルナリア王子には、善意で保護したサフがいる。そして、サフが大好きなボクもいる。ボクとサフは、ルナリア王子とずっと一緒に戦うの。だから、遠くにお出かけできないの」
「……お前らがルナのそばにいてくれて、本当に良かったよ。これからも、ルナのこと励ましてやってくれよな」
「イオラも、ルナのこと支えて」
揺れる眼差しで射抜くように懇願されて、ギョッとした。俺はルナと同じ気持ちじゃなきゃ、そばにいられないって何度も言ってるのに、誰もわかってくれねえ。
「……えっと……」
「ルナを愛してあげて。ボクとサフじゃ、できないことだから」
「ルナの恋人に、なれってこと……? それこそ、ちゃんとルナの気持ちも聞かないとダメだろ」
「じゃあ今日、聞こう。ルナ、きっと待ってる。イオラからたくさん求めてもらえるの、待ってる」
あのなぁ……こういうところが、チビたちに似てるんだよな。自分の都合の良い方向に流れをもっていくところとか、特に。
「今日〜?」
「うん。きっと好きって、言ってくれる。イオラのこと可愛いって、いっぱいキスしてくれる」
「……しないだろ、特にキスとか絶対。あいつ、俺に触った後で薬草風呂に入って消毒してるの、知ってるんだからな」
「でも、お風呂でイオラのいっぱい舐めてた。イオラも嬉しいって、悦んでた」
「……」
「両想い」
「……両想い、なのか? アレは俺から母乳が出ないかの検査だろ?」
うーん、ノワールからそう言われると、そんな感じもするけど、でも口同士のキスだけは、あいつ絶対やらないだろ。ペットにキスする飼い主は多いだろうけど、ペットとベロチューしたい飼い主はあんまりいないんじゃないかな。それと一緒で、異世界人とキスしたい人っているのかよ。異世界のバイ菌とか、お互いに免疫なかったらどうするんだよ。粘膜感染するぞ。最悪の場合、死亡するぞ。特効薬とか、無いだろうし。
「イオラも、なかなか信じないんだね、愛されてること」
「だって俺、ルナのことわかんねえんだもん、ちっとも」
「う〜ん……そうだ、イオラはさっき似顔絵のタッチが緻密だと、両想いだって言ったよね」
「両想いまでは言ってないぞ」
「イオラの体のパーツの絵、いっぱい描かれてるよ。カルテに」
う……それって、俺の胎ん中の臓器の絵だろ……。俺は検査中はずっと手足を縛られてるから、起き上がってカルテを覗き見ることはできなかった。だから、その……気を失うほどヤバい箇所の絵とか、めちゃめちゃ細かく描いてあったら、それはそれで、俺……恥ずかしい。
「イオラ、顔赤い」
「……」
「ルナリア王子に大事な質問する前に、カルテ室、見に行く?」
見に、行きたい……けど、恥ずかしい! あんな気持ちいとこ、穴が開くほど観察されつくして、伸縮しただの、濡れてきただの、その具合だの、いろいろ書かれてあったら、俺――
体の芯から、じんわりとあったかいものが沸き上がった
俺、今 嬉しいんだ すっごく……
胎ん中のこと、心配してくれて、俺のこと、真剣に考えてくれて
絵を描いてる間はずっと 俺のこと見ていて、俺のこと 考えてくれてた
それを自覚しちまったとたん、ぶわわわぁって、嬉しくなった
なんだ この感覚…… 涙が出そうなほど 幸せ〜って 感じる
「イオラ、愛されてるか見に行こう」
「……うん」
今から見に行くのは、カルテじゃなくて、別の何か 特別な何かな気がする
うわ めっちゃ恥ずい それで すっごく気持ちよくて 嬉しい
こんな気持ちになったの、生まれて初めてかも。恥ずかしいのに、嬉しくって。これが誰かに愛されてるかもって期待する感覚なのか?
希望持って質問しても……俺のこと、本当はどう思っているのかって、期待しても、いいのかな。
でも俺、一回フラれてるんだよな~! なんだこのモダモダ感。何もかも初めて過ぎて、もう何したら正解なのかわっかんねえ!
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