第51話   輝く目の秘密

「ボクは、『森の影』。妖精とお猿たちが仲良く暮らしていた頃から、ずっといた。でも、ずっと同じボクじゃなかった。イオラのように、生まれ変わり。森の影は、記憶を共有しながら世代交代を繰り返してきた。そして今は、ボクの番」


「お前が森の影って事は、森にはお前の意思があるってことなのか? お師匠様たちが住んでる森とかに」


「今は違うの。イオラのお師匠様たちが、今森の中で何してるのかはわからない。でも昔のボクは、森そのものだったの。森の概念そのもの。自我を持って、歩き回ったりする存在じゃなかった。だけどルナのご先祖様が、黄金の獅子王を殺して食べちゃったときに、変化が起きた。獅子王は絶命する間際に、魔法で森に呪いをかけたの」


「どんな呪いなんだ? 何をするために、森を呪ったんだ?」


「呪いの内容は、『自分を殺害した猿の一族のうち、誰かの命と連動して生まれる影を、妖精の守護者とすること』だよ」


「……ごめん、わかんねえ。もう一回言って?」


「多分、何度言ってもわかんないと思う。順を追って説明すると、『自分を殺した猿の一族』って言うのが、ルナの家系ね。で、『一族のうちの誰かの命』っていうのが、ルナの家系のうちの、誰かの命ってこと。誰かのって言ってたけど、要するに、獅子王の力を受け継いでて、目の色が輝いて生まれてきた子供の命だね」


「つまり、ルナ?」


「うん。ボクの命は、ルナと連動してるの。ルナが命を落とす時、ボクも消える。でもボクが殺されても、ルナは生き続けるよ。森からまた新しい森の影が現れて、その子の命も、ルナと連動してるはず。森の影は、目の色が輝いている人間が生まれるたびに、絶え間なく発生する謎の生き物なの」


「へー、不思議な生態してるんだな。でも、それのどこが呪いなんだ? ちょっと出生が不思議なだけの、普通の命に感じるけど」


 普通の命って言葉に、ノワールがちょっと気まずそうに視線を泳がせたのが気になった。


「この呪いは、イオラのお師匠様のために作られたんだよ。黄金の獅子王は、イオラのお師匠様を愛していた。一番多く妊娠させていた。イオラのお師匠様が、あんまり戦闘が得意じゃないことも含めて、可愛く思ってたんだよ。でも、イオラのお師匠様だけじゃ、残された森の皆を守り抜くことができない。……だから森の影に、戦闘の補佐を宿命づけたんだ」


「戦闘の、補佐……?」


 今度は俺の目が少しだけ泳ぐ番だった。こんな時にタイミングよく、いかにも戦闘訓練中って感じの雄叫びが上がった。


 俺たちはちょうど三階に戻っていた。窓から外を見てみたら、城下町の少し手前の広い庭みたいになっているところ(俺がスリープボール投げて暴れたところ)に、銀色の甲冑を着た兵隊さんたちがたくさん集まってて、剣や槍を持って、訓練試合? みたいなことをしていた。


 あ、ルナもいる。


 んー? 訓練中に鎧を壊しちゃった兵隊さんがいるっぽくて、ルナはその兵隊さんから鎧を剥がして、鎧の内側を眺めた。何してるんだろう、メンテかな。


「ルナがあそこにいるけど、朝から会議じゃなかったのかよ」


「ルナの格好、見て。周りと違って、鎧を着てないでしょ? 会議の途中で抜け出して、兵士の鎧を直しに来てくれたんだよ」


 気になったから、ノワールに窓を開けてもらって、身を乗り出すようにしてルナの手元を凝視した。俺、視力には自信あるんだよな〜。えーっと……ルナの手元がすごく光ってて、よく見えないんだけど……ああ、鎧の内側に、熱したハンダゴテで金属をなぞるようにして、魔法陣みたいなのが刻まれていくぞ。そういえば、この城の厨房の火も、ルナが刻んだ魔法陣から出てるらしいよな。


 ルナって、魔法戦士キャラなんだ。ファンタジー世界で言うところの、主人公っぽい立ち位置になりやすいヤツだ。


 あれ? じゃあノワールって、どういう立場でここにいるんだ???


「なあノワール、森の影ってお師匠様の戦闘を補佐するための存在なんだろ? じゃあ、妖精側の兵隊ってこと?」


「うん。本当だったら、ボクは森に入って妖精たちの護衛を務める立場だったの。歴代の森の影は、みんなそうしてた。きっと本能がそんなふうにさせるんだろうね。森の影は、人間と敵対するように、作られて生まれてきたんだ」


「おいおいおい、ちょっと待てよ! お前、ルナとサフィールのそばにいるじゃんか。ここは人間の城なんだぞ? お前、まさか森側のスパイなの?」


「違う」


 ノワールは、稽古試合を眺めながらそう言った。その返事に、俺はすごく安心した。「そうだよ」なんて言われたら、俺はあまりの衝撃に耐えられず、腹いっぱい食べた卵料理をこの場で吐いてたかもしれない。


「そ、そうだよな。お前がここにいるって事は、そういうことだよな。さっきは本能がどうのって言ってたけど」


「ボクに備わっている本能は、多分そのままだよ。ボクは妖精の味方。人類の味方をしているつもりはないの」


「え!?」


「ボクはサフの味方なの」


 ノワールが、うっすらと微笑を浮かべながら俺を見上げた。


「サフね、半分妖精なの」


「あ、うん、ハーフなんだよな」


「うん。だからなのかな、それだけじゃないと思いたいけど、ボクの目にはサフがとっても可愛く映るんだ。影で一所懸命努力してる姿も、独りで頑張ってるルナリア王子のことを思って泣いちゃうところも、激情家で癇癪持ちだけど、ちゃんと最後は謝れるところも、全部全部可愛いの」


 ふぅん、欠点まで可愛く思えるってのは、よっぽど惚れてないと無理だよな。普通は、激情家で癇癪持ちなヤツとは絶対距離置きてえもん。真面目で完璧主義なところは、俺も評価してるけどさ。


「イオラと一緒だね」


「え?」


「イオラは、お腹の変な臓器のせいで、ルナリア王子を好きになってるかもしれないんだよね。ボクも、森の影としての本能のせいで、サフが好きなのかも」


「……」


「どうしたらいいんだろうね。ボクたちは一生懸命、恋をしてるだけなのに。これがただの錯覚だったらって思うと、ちょっとだけ悲しくなる」


「錯覚じゃねえよ。ノワールだって、妖精なら誰でもいいってわけじゃないだろ? 俺も、雄なら誰でもいいってわけじゃないよ。サフィールやノワールにも世話になってるけど、別にお前達とどうこうなりたいとは思わないもん」


 俺は雄叫びがうるさい窓を閉めると、窓枠に肘を乗せて空を見上げた。鳥がのびのびと飛んでいる。


「いいじゃん、お前とサフィールは両想いなんだし。お互いの将来とかさぁ、行きたいところとか、そういうの考えてればいいじゃん? けっこう遠くの旅行の計画とか、立ててみるとか」


「サフがね、ルナリア王子を一人にできないから、遠出をしたがらないの」


「……過保護じゃね? ルナって、そんなに弱いの?」


「この世に、無敵の人なんていない。そしてルナリア王子のそばにいられる人数は、限られている。サフはルナリア王子と血のつながりは無いけど、心で繋がってる大事なお兄さんなの。ルナリア王子に大事な人が現れるまで、サフはとっても心配で、お城から出られないの」


「……」


 そのー、大事な人っていうのは、もしかしなくても俺のこと? ルナって俺のこと大事にしてるか? 俺が逃げられないのをいいことに、やりたい放題してるだけのような気が。


「ルナ本人はどう思ってるんだ? そのー、サフィールの過保護っぷりのことを」


「わかんない。ルナリア王子は、いつもあんな感じで、否定も肯定もしないから」


「ああ……あいつ、自分の性癖にはド正直なくせして、肝心なところはわかんないよな」


 好奇心と性欲の塊のような言動が目立つけど、それだけで生きてるわけじゃないもんな。ルナがサフィールとノワールについて、どう思ってるのか……ん? そう言えば、ルナが二人の似顔絵を描いた紙とか、なかったっけか? なんだっけ、えーっと――


「そうだ! 俺さ、手配書もらってたんだ」


「手配書?」


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