第50話   やっと食べられる物に出会えたぜ~(涙)

 話ばっかりしてたら退屈しないか、とノワールが変に気を利かせてきたせいで、続きが気になるところで一旦区切られた。


 俺はサファイア姫の衣装部屋を見学させてもらった。いやー、手袋とか、スカートの生地とか、めちゃくちゃこだわってたわ。生地同士の相性とか、風が吹いたとき、どんな動きをするかとか、軽やかに見せたり、逆にどっしりと重たく見せたりと、作り手の思いに合わせて生地を選ぶこともあるんだって。


 俺も~、服飾系の勉強してみようかな。べつにデザイナーになろうとか、そんなつもりじゃないんだけど、俺は身近にある小物や道具について、何も知らずになんとなく使って生きてたんだなーって、ちょっとだけ自分の世界が狭いことに気がついたんだよな。入門書でもいいから、図書館かどこかで借りてきて、基礎的なことだけでも勉強しようかな。


「イオラ、お腹たくさんすいた?」


「あー、うん、そんな感じしてきたかも。でも、今の今まで空腹だったことすら忘れてたし、やっぱりまだ完全に元の人間に戻れたわけじゃないみたいだ」


 そもそも喉すら乾いてないっていうのが、やべえよな。日本にいた頃の俺は、朝起きたら喉がカラカラで、すぐに何か飲みたくなってたよ。


「ついてきて、食堂に行こう」


「おう」


 俺たちは、一部屋まるまるクローゼットだったサファイア姫の衣装部屋を後にした。



 昨日も寄った食堂は、相変わらず人がひっきりなしに出入りしてた。俺はこういう空気がちょっと苦手で、部外者が入ってもいいのかなって遠慮しちゃうんだよな。


「イオラは昨日、何か作ろうとしてたね」


「ああ、ホットミルクな。あとは、自分用に目玉焼きとか、作ろうと思ってた。でも途中で寝ちゃってさ、コックさんたちに料理するの止められたんだけど、止めてもらって良かったかも。立ったまま寝こけて、料理も焦がしてちゃ危ないもんな」


「眠くなるのはイオラの個性だし、課題だね」


 個性であり、課題?


 欠点だとか、ダメなところだって言われた事は多かったけど、ノワールの言い方は、なんかちょっと、優しいなって思った。


「イオラが作りかけてた料理ね、調理師さん達が手を加えて、完成させてたよ」


「えー」


「食べに行ってあげてよ。イオラが具合悪そうだって、みんな心配してたから、顔見せに行ってあげて」


 えええ〜……ぜってえ苦く味付けされただろ〜。俺ほんとこの世界の食べ物、苦手だわ〜。


「わかったよ、行くよー」


「甘い卵が好きなんだってね」


「うん、そうなんだけど……」


 わざわざコックさん達が作り直してくれたんだもんなぁ、食べなきゃダメかな〜(白目)


 ノワールが堂々と厨房の扉をくぐっていくもんだから、俺もそれに続く形で中に入れた。


 昨日よりかは忙しそうじゃないコックさん達が、それでも下ごしらえをしたり、食器を洗ったりして大変そうだった。朝ごはんの片付けをしてるっぽい。


「お! 遅いお出ましだなぁ、王子様が寝かせてくれなかったってかオイ」


「違うよ!」


「まあ、そうだろうな、王子様も妖精たちの襲撃に備えて忙しいし、愛人に突っ込んでる暇なんてないか」


「妖精たちの、襲撃?」


 俺は、飛び交うド下ネタな話題の中から、気になる単語を聞き逃さなかった。


 でもコックさん達はド下ネタばっかり振ってきて、俺の聞きたいことに答えてくれなーい!


「一晩で何発やんの?」


「なあノワール、俺もうこの人たち嫌いなんだけど。妖精の襲撃って?」


「森の妖精たちを偵察するための、やぐらがあるの。そこに詰めてる兵士たちが、妖精たちの怪しい動きを捉えたそうだよ」


 ノワールがそっと近づいてきて、俺に耳打ちした。


「イオラを取り戻して、またお胎に新しい臓器を増やすつもりなのかもね」


 ひいっ! もうお師匠様の指でぐりぐりされるのは、勘弁だ


「お、俺のせいなのか? 俺が森に帰ってこないから、取り戻しに――」


「そうかもしれないし、別の理由があるかもしれない。イオラが奴らに捕まると厄介だから、戦闘時はお城のどこかに隠れててね」


 戦利品が俺かもしれない可能性に、ゾッとした。三人にケガとかしてほしくないし、でもお師匠様の角を二本も紛失している俺が、妖精側の負けを期待なんてしちゃダメな気がするし、ああ、もう、俺はどっちをどういう気持ちで応援すればいいんだ。本音を言えばルナたちに勝ってほしいけど、お師匠様たちにも生きててほしいよ〜! チビたちが父ちゃんまで失っちまうなんて、可哀想だ〜!


 だけど俺は、絶対に森には戻りたくないデス! 今朝の夢で見たアルエット王子と、お師匠様の情事とおんなじことが、俺にも待っているのかと思うと、怖くて、想像するだけで体が、震える。


 アルエット王子はきっと、お師匠様の全部が大好きなんだよな。俺は~、無理なんだわ、下半身が馬のおじさんを、恋愛対象としては見られないんだよ……。


 お師匠様は、俺のどこらへんに惹かれて卵を生ませようなんて思ったんだろ。俺、アルエット王子と全然似てないよ。そもそも、尻尾が生える種族でもないし、異世界人だし。


 ん? 卵……?


 俺、何か忘れてるような……ああそうだった、俺は昨日の作りかけの卵料理を、引き取るために厨房に入ったんだった。セクハラまみれの質問ばっかり飛んできて、ゲンナリしてるうちに忘れてたぜ。


「おじさん、俺は厨房に置き去りにしちゃった卵料理が、ここにとってあるって聞いてきたんだけど、どこにあるの? もったいないから、朝ごはんに食べるよ」


「お、昨日のか。オムレツにしておいたぜ」


 なぜにオムレツ……最初の予定だと目玉焼きだったのに、アレンジされたなぁ。嫌な予感しかしない。絶対の絶対に苦い。


 気落ちしている俺の前に、作り置きされてた料理が運ばれてきて、銀色の台の上に置かれた。なんか、ダチョウの卵で作った目玉焼きが、巨大な餃子みたいな形にくるっと巻かれている。


 ノワールが「わあ、すごい技術だ」なーんて感嘆の声を上げていた。俺は食べきれる自信がなさすぎて、スプーンを二人分もらって、この場でノワールと食べることにした。ノワール、お前も道連れだ。


「イオラ、すごいよこれ。ミルク粥を大きな目玉焼きが包んでる。よく途中で裂けなかったね」


「ギリ食べられる味だ……よかった……うぅ、ほんとよかった〜」


「え? イオラ、泣いてるの!?」


「なんか、涙が……何年ぶりかの、口いっぱいに頬張れたあったかい料理だ〜」


 その後の俺の食べ方は、かなり汚かったと思う。飲み込むのがもったいなくて、しばらく口の中でくちゃくちゃ噛んでたしな……本当に嬉しかったし、感動したんだ。若干のえぐみはあったけれど、ちゃんと甘みも感じる卵料理だったよ。


 でもこれ、オムレツじゃない気がする。こっちの世界だと、これがそうなんだろうけど、やっぱり、巨大な目玉焼きでお米を包んだ創作料理って感じがする。


 俺はノワールと、米の一粒も残さず食べきった。ふくれた腹に、冷たい水をコップで流し込む。


「あー懐かしい、この満腹感。そして食べ過ぎた感。今日は俺、めちゃくちゃ元気に活動できる気がする」


「良かったなぁ、今晩もがんばれよ」


「……うん」


 なんか否定する気もなくなってきた。それくらい今の満腹感への感動が優先されちゃって、もう俺に対する第三者の感想とか、どうでも良くなっちゃったや。


 文字通り腹をパンパンにして、二人で元来た道を戻っていった。


「目玉焼きと言えば、サフィールの目が光ってるのって、妖精とのハーフだからだろ? んで、ルナの目が光ってるのは、めちゃくちゃ強かった妖精を倒して食べちゃったっていう、ご先祖様からの遺伝なんだよな。じゃあ、お前の目が光ってるのはなんで?」


「卵料理で、ボクらの目の色を連想するだなんて、イオラの発想って変だね」


「そうかぁ?」


「うん、変」


 真顔で言われると、自信なくなってくるわ。そんなに変には思わねえけど~? 目玉焼きと目の色って、語源が似てるじゃん。


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