第49話   お師匠様とあの森について

 いつの間にかノワールの姿が、いつもの子供に戻っていた。俺もそっちのほうが落ち着くから助かるわ。


「ボクが何者か説明する前に、イオラのお師匠様について、話さないとね」


「お師匠様ぁ?」


「君はあの大きな妖精について、どれくらい知ってる?」


「えーと、青い肌で、筋肉ムキムキで、下半身が馬みたいなんだ。タテガミが黒くてふさふさしてて、顔は強面なほうだけど、いつもすごく優しいんだ。チビたちもすんごく懐いてるし、森のみんなからも慕われてるし、なんかみんなのお父さん兼リーダーって感じ。俺を三年間、妖精だと思い込ませてた挙句に、二番目の奥さんにして妊娠させようとしてたけど……それさえ目をつむれば、きっと人間側とも仲良くできるような、そんな感じの人だよ」


「人じゃないよ」


「そうだけど……すごく頭のいい人だよ。いつかきっと、歩み寄れる日が俺たち側にも来るはず。そう思わせてくれる感じの人だったよ」


「イオラを騙して、繁殖しようとしてた。彼らの思考は、植物に似てる。哺乳類のイオラたちとは、根本的に合わないの」


「ことごとく俺の希望を打ち砕いてくれるよな。本物のお師匠様と話したことがないから、そんなこと言えるんだよ。いつも穏やかで、優しい妖精だったよ? 俺のこと騙して孕ませようとはしてたけどさ……それでも、あんなに体格差があって魔法も使えるくせに、俺を無理やり支配するような事は、しなかったよ」


 そりゃあ俺も多少は洗脳されてたかもしれないけれど、檻に閉じ込められてたわけでもなくて、それどころか今では自分の意思で、人間側に留まっちゃってる。


「俺が知ってるお師匠様の情報は、これくらいかな。で、お前はお師匠様の何を知ってるんだよ。なんか、ずいぶん長生きしてるふうなこと言ってたけど、本当なのか?」


「うん、あの妖精よりは長生きじゃないけど、でも、ずーっと長く過ごしていた記憶があるの。たくさん、何人分も」


「……何人分も?」


 何言ってんだ、こいつ。サフィールの身の上話より意味わからんのだが。


「森の影は、世代交代してるの。その間の記憶は、全世代共有」


「えーっと〜、つまり〜? 前の人の記憶を、次世代の人が引き継いでるってこと?」


「うん。今は、ボクの世代なの。だからボクには、何人分もの森の影の記憶があるんだよ」


 バリバリバケモノじゃん。


「それじゃあお前は、俺の知らないお師匠様のこと、ずいぶん前の時代から知ってるってことだな」


「うん。イオラは、アルエット王子のお尻に尻尾が生えてるって言ってたでしょ? イオラ自身も、なんで尻尾が生えてるのかな〜って、不思議がってたよね」


「いや、尻尾生えてんのは不思議だろ」


「イオラは知らないんだね。ルナたちのご先祖様は、尻尾が生えてたんだよ」


 ……俺はちょっと固まった。反応に困ったって言うか、俺の世界でも遠いご先祖様はお猿だったって説があるじゃん。だから、これって普通のことなのかなーって一瞬だけ思ったわけよ、でもアルエット王子が眺めてた景色って、すでに城下町的なオブジェが建設されてたからさ、あれ〜? って混乱したんだわ。


「あのさ、ルナたちのご先祖様の尻尾が退化したのって、最近なの?」


「五百年くらい前かな、最後の尻尾の持ち主が亡くなって以来、生えてるよって報告が上がってないの。もしかしたら、この世界のどこかに生えてる人がいるかもしれないけど、ルナたちには生えてないよ。お風呂で見たでしょ」


 俺、他人の尻とか観察する趣味ないけど、たしかに生えてたら目立つから指摘してたかも。ルナは、うん、生えてなかった。


「遠い時代にね、まだアルエット王子も生まれていなかった頃にね、この世界には妖精と、お猿さんたちが仲良く暮らしてたの。手先は不器用だけど、魔法で豪快になんでもこなす妖精と、魔法は使えないけど、手先の器用さを駆使して暮らしてるお猿さん。二つの種族は、それぞれ得意なことで助け合って暮らしてたの。妖精の身の回りのお世話をしてたのも、お猿さんたちだったんだよ」


「へえ、ズボラな妖精と几帳面な相棒って感じか」


「まあ、そんな感じ。妖精は深い森の中でひっそり生きてたけど、お猿さんたちは開けた場所に出て、テントを張りながら移動したり、畑を作って料理を編み出したり、舟を手作りして魚を獲ってたんだって」


 ルナたちのご先祖様、お猿の頃からクリエイター過ぎるだろ。あ、そっか、妖精たちが魔法で助けてくれるから、俺たちの世界よりも発展が早かったのかも。


「お師匠様は、その頃にはいたのか?」


「うん。たぶん、最古の妖精の『獅子王』の部類に入る。妖精は長生きすればするほど、大きくなるんだ、樹木みたいにね」


「めっちゃ長生きじゃん。だからあんなに穏やかだったのかも。多少のチビたちの大騒ぎじゃ、なんもイラつかないのかもな」


 俺はオモラシだの抱っこだの大騒ぎされるたびに𠮟っちまうけど。お師匠様はいつもどっしり構えてて、余裕があるように感じるんだ。ちょっと話がチグハグしてて、肝心なところがズレてたりもするけど。


「なあ、俺、お師匠様しか大きな妖精を見たことがないんだ。あとは、せいぜい人型とか、立ち上がったクマとか、そのくらいの大きさだった。お師匠様の他に、同じ体格してて同い年くらいの妖精っていないの?」


 なんの深いこと考えないまま聞いちゃったけど、ノワールの視線が泳いだのを見て、あーなんかまずいこと聞いちゃったかも、って思ったけど手遅れだわ、これ。 


「いたよ。最古の妖精『獅子王』は、五体いたの」


「お師匠様と似てる?」


「形は似てたけど、だんだん体格差が出てきてた。一番小さいのが、イオラのお師匠様だった」


 うっそだろ、あれでエスサイズなの? あれよりガタイ良いとか、もう肩幅がベンチサイズじゃん。さすがに怖いわ、人が恐怖を感じるデカさだわ。


「イオラのお師匠様は、森の中で妖精たちと静かに暮らしてた。で、他の四体は、世界中を走り周ってた。武器持って」


「え」


「妖精たちもお猿たちも、あちこちでケンカしてたんだよね。特に、どんどん賢くなってゆくお猿たちが、各地で大ゲンカするようになっちゃって。それを止めるために、わざわざ魔法で長距離移動してまで、獅子王たちが止めに行ってたの」


「不良高校に赴任した体育の先生じゃん、熱血漢だなー」


「こうこう?」


「あ、ごめん、俺の世界にそういう学校があるんだよ」


「そうなんだ。学校なら、こっちにもあるよ。別の領土だけど」


 ルナの領土には学校が無いのか……どおりで変な識字率してるなぁと思ったよ。ここは国民の生活の場って言うより、妖精たちの動きを牽制するための要塞だもんな。


「で、その熱血先生は、世界中の治安維持のために、駆けずり回ってたんだ」


「みんなそう思ってたよ。でも、だんだんそうじゃなくなってきた」


「え? 目的が変わったってことか?」


「四体のうちの一体は、自分の作った秩序やルールを破られるのが大嫌いだったの。植物だからかな、平等な肥料と日光と水が、幸せの象徴だったの。でもどんどん進化していくお猿たちは、自分だけ多く得をしたり、周りと競争して出し抜いたり、そういうことに価値を見出す個体も現れてきた。見えないところで、争いの火種を大きくしていくお猿たちを、ついに獅子王たちは、魔法と武器を使って殺してしまったんだ」


「……」


「お猿たちの繁殖能力は、とてつもなくてね、殺されたお猿たちにだって、たくさんの家族がいたんだ」


「……復讐とか?」


「うん。妖精とお猿たちが争うようになったのは、もとをたどれば、そういったところから始まった。でも、イオラのお師匠様は、他種族と仲良くすることに長けていたから、自分からケンカになる事件は起こさなかった」


「さすがお師匠様だ。伊達にチビ達のパパやってねえな」


「でも、それもある事件をきっかけに、イオラのお師匠様もお猿たちから憎まれるようになったんだ」


 ……まさか、お師匠様まで誰か殺しちゃったとか? うわ、あんまり聞きたくないなぁ……でも気になるから、俺は黙って続きを促した。


「イオラのお師匠様が、ずっと森の中にいたのは、性格が穏やかなだけじゃなかった。世界中を走り回ってどんどんムキムキになっていく仲間たちと違って、森の中でひっそりしてたイオラのお師匠様は、そこまでムキムキにならなくて、五体の中では一番体が小さかった。だから、いつも妊娠させられていたの」


「ええ!? お師匠様があ?」


「うん。今、森で暮らしている妖精たちの中には、イオラのお師匠様の子孫も多いんだよ。同じような体格をしてて、交尾がしやすかったんだろうね。それに、性格も穏やかだから、森の中でしっかり子育てをしてくれそうだって思われたのかも」


「それさぁ、お師匠様も、同意してた?」


「……嫌だったみたい。卵は五年間ぐらいお腹から出なくて、走るとお腹も腰も痛かったみたい。それが原因でイオラのお師匠様は、遠くまで走れなかったんだと思う。他の四体とも、ますます体格差が開いていった」


 俺も五人兄弟だけど、一番体が小さい弟に兄弟分の負担がかかるようなこと、押し付けられないよ。本人が望んでないならなおさらだ。


 ……え、じゃあお師匠様は、望まぬ妊娠のせいで森から出られなかったってこと? 自身がたくさん嫌な思いをしたから、アルエット王子にも俺にも、無理やり組み敷くような真似は、しなかったのかも。


 時間をかけて、じっくりと胎を作り替えていったのかも。


「……えっと、お師匠様は今んとこ被害者みたいに聞こえるけど、でも人間側と対立する事件を起こしたんだな」


「起こしたっていうか……森に残された妖精たちを守るために、立ち上がるしかなかったんだ」


 ノワールが俺の反応をうかがうように、輝く両目を向けた。


「ルナリア王子のご先祖様がね、四体とも『獅子王』を倒しちゃったの。しかも、一番強くて残虐な『黄金の獅子王』を殺して、食べちゃったんだ」


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