第48話   決まった姿がない

 鳥籠が勝手に開いていること、ノワールは気にしていないようだった。


 ほーんと落ち着いてるよなぁ、たまにキレだすけど。何歳なんだろ、俺と変わらない感じがしてきたぞ。


 ノワールの見た目は小柄で幼くて、両目ばかりが太陽みたいに輝いていてよく目立つ。寝乱れたのか、子供用の水色パジャマがしわくしゃだ。金色の髪には寝癖がついてて、気ままに跳ねている。


「今日は、ずっとボクと一緒にいようね。王子とサフは、今日は緊急の会議だから」


「え、そうなんだ……わかった」


 ギクシャクした返事しかできねえ。正直こいつとどう接していいか全くわかんねえ。


「もっとお腹すけばいいね。お城の中だけだけど、自由にお散歩しよう。もっとお腹すくかも」


 こいつの口調、うちの妖精たちと似てる気がする。うちのと違ってあんま可愛い感じしないけど。


 ノワールが着替えを手伝うって言うから、とりあえず頷いておいた。


「ボクはいつも裸なの」


「裸ぁ? いつも服着てるじゃん」


「うん、そう見せかけてるだけ。イオラの服は、サフからちゃんと預かってるよ。上手く着せられるか、わかんないけど」


 そう言ってノワールは、木彫りの模型でぎっしり埋まったクローゼットを開けた。かろうじて作られていた隙間に、ハンガーがかかっていて、シワのない白いシャツと、黒のジャケット、黒のズボンが用意されていた。


 黒かぁ……ルナの好きな色なんだよなぁ。俺にも着せたがるって事は、自分色に染めたがってるって、ことなのかな……考えすぎか。黒なんて誰でも着るしな。


 ちなみに靴下とブーツも、黒だった。よく考えたら、これを用意したのはサフィールだったな。ルナが好きな色に、俺を飾りたかったのかも……サフィールならやりかねん。


 服装が貴族貴族してないのは助かったけどー、だって俺には似合わないし。そんなことよりも、着替えを手伝ってくれたノワールの、この高身長と爽やかな執事っぷりだよ……もう別人だよな、これ。


「……なあ、お前ノワールだよな?」


「はい」


 声も違う! なんか女子に人気ありそうな声優さんっぽい声の高さ。その輝く両目してなかったら、マジで誰だかわからないぞ。


「どうなってるんだよ、急に大人になって。服まで変わってるじゃん」


 あれ? このノワールの姿、どこかで見たような……ああ! ルナが俺に渡した手配書の似顔絵の! サファイア姫と、その護衛のお兄さんの絵の!


「無反応だったので、気付いていないのかと思っておりました。ボクには正式な姿がありません。いつでも、貴方の望む姿になって差し上げますよ」


「その目のせいでバレるだろ」


「そうですか? ならば、この御方はどうでしょう」


 そう言うな否や、一瞬ノワールの姿が黒い影みたいにあやふやな見た目になり、また次の瞬間には、悪趣味なことにルナリア王子になっていた。でも、あいつはこんな作り物みたいな表情はしてない。わざとらしい笑顔ならいつも浮かべてるけど、その下にはどんな感情を隠してるのかなって、ほんのちょっとだけ探りたくなるような、そういう絶妙な顔してるんだ。


 ノワールは俺の反応がイマイチなことが面白くなかったらしく、「なんで?」といった顔をしていた。なんで? は俺の台詞だっつの。


「お前もサフィールと同じで、妖精とのハーフなのか?」


 するとノワールの姿が、あのイケメン執事に戻った。にっこり笑顔が眩しいぜ……。


「立ち話もなんです、ゆっくり城内を見て回りながら、ご説明いたしましょう」


「え? 妖精とのハーフじゃないの?」


 俺は部屋を出ていくノワールの後ろを、慌ててついて行った。見た目は爽やか執事でも、おもてなし的な心得がないあたりノワールだなって思う。


 うーわ、視界一面のピンク~……イチゴクリームカラーで壁も絨毯も統一されてるの、今思うとすげえよな。たった一人のお姫様の存在を、部外者に信じ込ませるためだけに作った階層だ。その割には、サファイア姫のファッションにピンクがなかったけど。ゴシックブラックって感じなんだよな。


 この階層全体の小物にも、ラブリーの概念が差し込まれてる。お、大きなクマのぬいぐるみが、小さなクマのぬいぐるみを抱っこしているオブジェがあるぞ。きしょい額縁ばっかりよりはマシだな。


「部屋の中も外も、徹底してんな」


 俺はノワールのとなりに並んで、ときおりすれ違うメイドさんに軽く会釈しながら、辺りを見回していた。ざっと眺めるだけでも、寵姫サファイアがめちゃくちゃ大事にされてる、ように見える。ルナがサフィールの保護を徹底してるのが伝わる。


 で、ノワールについては、どう扱っているんだろう。


「本当はね、サフはピンクや甘々しいデザインが苦手なんです。でも外部から身を守るには、ボクのように姿を偽るのが何よりも効果があります。だからスカートを履くときは、あんなに黒々しいお人形のような格好をしているんですよ。お部屋まではどうにもできませんでしたけど」


「そっかぁ……たしかにサファイア姫の衣装、かっこいいもんな。あれなら男子もギリ女装できると思う。毎日は大変そうだけど、苦手なピンクを全身に身に付けるよりは耐えられるかも」


 サフィールが大変なのはわかったけど、俺は今ノワールについて知りたいんだよな。


「なあ、サフィールと付き合ってるんだよな」


「はい」


「お前には決まった姿がないらしいけど、そんなことサフィールには関係ないんだな」


「全く関係ないと言うわけではありませんよ。ボクと初めて会ったときの姿を、他の誰にも見せないでくれとお願いされる程度には、愛されています」


「へえ、そのかっこいい執事の姿じゃなかったんだ。どんな姿でサフィールと会ったんだろうな」


 べつに知りたいとも思わないけど。だって見せてくれないんだろ? サフィールは恋愛面に話題が移った途端、すげえ嫉妬深くなるし。


 執事ノワールは、俺を姫の衣装部屋へと案内してくれた。専用の部屋があるなんて、お姫様はすげえなぁ。


 毎日の変装に苦悩するサフィールと、それを支えたいノワールが、ここで一所懸命にデザインを考えてきたんだってさ。今、俺の目の前にいるトルソーたちは、その努力の賜物をまとっている。俺でもちょっと着てみたく思っちまうほど、クールなドレスばかりだ……こういうガールズバンドが、海外にありそうだな。


「ノワールはハーフじゃないんだっけ? じゃあ、体の全部が妖精なの?」


「……イオラは、『森の影』という存在をご存知ではないのですか?」


「存じ上げませんな。ニーポン育ちなもんで」


「ニーポンは基礎的な教育も施されない上に情報統制されている、野蛮な紛争地帯なのですか?」


「ひどくね? 森の影を知らないだけで、そこまで貶されるの? それぐらい、この世界では常識なんだな」


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