第44話   尻尾が生えてた

 すぐにこれが夢だとわかるときって、たまにあるよな。あーこれ夢だわーとか、こんなことありえないだろーとか。そういうときって、一刻も早く目が覚めたくなっちゃう。だって夢って、俺の思い通りになるわけじゃないし、意味わかんねえ展開だらけだから、現実のほうがマシに思えるんだよな。


 あー早く目ぇ覚めないかなーって、俺は辺りを見回した。ぐるっと森に囲まれてて、すぐそばにあの泉があって、俺は泉の縁に座り込んで水面を眺めていた。そこに映っていたのは、十歳くらいかな、見覚えのない男の子だった。なんか、白いワンピース? みたいなダボッとした服を着てる。けっこうイイ感じの生地だけど、ファッションセンスが古代のローマ人っぽい。


 もしかして、アルエット王子?


 いや、なんとなくそう思っただけだけど。昔の時代の人で、お師匠様の前の奥さん、この二つから連想してみたら、なんかアルエット王子なのかなーって思って。


 え? じゃあ俺、今アルエット王子になってるの? べつになりたいとか思ってなかったんだけど、なんか、なってるみたいだ。


「ママー!」


「ママみてー、お花つんできたー」


 ああ、当然のごとくチビたちに囲まれている……って、ちっちぇー!! チビたち豆みたいにちっちゃい! どうやって授乳するのこれ、雨粒だけでも腹いっぱいになるレベルだぞ。チビたちの腹、風船みたいに膨らむんじゃないだろうな。案外、膨らむ、のかもしれないな……。


 立ち上がろうとしたけど、なんだか体が異様に重くて、ふと見下ろしてみたら、なんか、腹が、大きく前に突き出ていた。太ってるとかじゃなくて、これってまさか――


 第二軍、妊娠中!?


「ママ、あぶないよー。パパがぜったいに森のおくにいなさいって言ってたもん」


「ママ、お外に出てたら、またパパにコラってされちゃうよ〜」


 チビ達が王子の周りでぴょんぴょん跳ねている。花を見てもらいたがってるチビと、ママの身を案じているチビの二組いるんだな。


 でも肝心の王子は、穏やかに「ふふふ」って笑ってるだけで、元気な我が子の様子を可愛く思っているようだ。もう完全にママ視点じゃん。


 なんで危ないって言われてる場所に、身重で座り込んでるんだろう。すぐに立ち上がれないくらいなのに、人間に見つかったら、どうすんだよ。


 この泉がお気に入りだから、とか? それとも、ここから何か見えるのかな。仔兎が巣穴から出たり入ったりしてる~、とか。


 なんとなく前方を眺めてみる。


 煙が、立ち昇ってるのが見えるな。煙突か?


 ……ああ、そっか……アルエット王子は、もともとは普通の人間だったんだもんな。人里が恋しくなるときも、あるよな。


 お師匠さんが俺を自由にしてくれてたのは、アルエット王子が人恋しさに、森から出ちゃってたからなんだ。


 たしかにここからだと、遠くのお城の屋根や、煙突から上がる煙が、よく見える。ああ日々が丁寧に営まれてるな~って、そう思う。


 もうあの中には、入れないけれど。アルエット王子は人間たちから捨てられてこんな目に遭っているわけじゃないんだって、わかったよ。だって辛い目に遭わされてたら、俺だったらもう二度と人里なんか向かうかって、森のかなり奥深くで、ずっと拗ねてると思う。だからアルエット王子は、自分から望んでお師匠様のもとに行ったんだろうな。


 人類側からしたら、とんだ裏切り者だけど。アルエット王子は、妖精とか人間とか、そういうの関係なく、好きになることができる人なんだ。まぁ、見る目はあると思うよ、お師匠様は優しいからな。俺には無理強いしてくることもあるけどさ……。


 ん? なんか、後ろのほうがもぞもぞする。背中? じゃないな、お尻でもない、なんだこの感覚?


「ママ、お歌うたってー」


 え……? 尻尾!?!? チビたちが白い猿みたいな尻尾に、よじのぼってるぞ!? これ、俺の体から生えてるの!?


 うわー!! 俺に、尻尾が生えてるー!


 あ、この体は別人のだったわ。俺のじゃないわ……。


 え、でも、なんで? 妖精化しちゃったから? それとも俺の夢が勝手に付与した、オリジナル設定?


 だからって、なんで尻尾ー!!?



 ふと、目が覚めた。


 子供たちに囲まれていた、あの暖かな空間は、跡形もなく消えている。シーンと静まった寝室があるだけだった。


 あ~~~……変な夢見た……


 だけど、膝をくすぐる草花の感触や、身重でよろける均衡の取りにくさが、やけにリアルで……俺は以前、こんな体験をしていたんじゃないかって、そんなことを錯覚しちまう。


 幸せな夢だったな……尻尾見たときはびっくりしたけど。


「イオラ?」


 わ! びっくりした!


 ノワールか。いきなり名前呼ぶなよ……マジでびっくりした。


「起きてたのか? それとも、起こしちゃった系?」


「ボク、眠ったことないの」


 輝く両目は、ルナとそっくりだった。でも枕に沈んでるその顔は幼くて、たぶん成人してるであろうルナとは、あんまり似ていない。


「朝まで、ずーっとサフやイオラの寝顔、見てるの」


「マジで? 一睡もしないわけ? やべえじゃん、医者に診てもらえよ」


「診てもらっても、たぶん何もわからない。ボクも特に困ってないの」


「困ってないなら、いいけど……人が寝てる顔見てて、楽しいのかー?」


「わかんない」


 眠ったことないなんて、あるか? ぜってえ嘘だろ。小学生並みの嘘だろ。


 昼は後ろで見守っててさ、夜は近くで寝顔眺めてるだなんて、そんなの、まるで影じゃんか。ノワールが人間じゃないのは、なんとなく察してるけど、影はないだろー。


 ああ、何度もびっくりしたせいか、胸がどきどきして眠れる気がしない……ノワールが本当に眠れない体質なら、今の俺に少しだけでも付きあってくれるかな。


 サフィールとチビたちはすやすや寝てるから、起こさないように気を付けないとな。


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