第43話   元気いっぱい!

 なんだよー、俺がそこそこ苦労して作ったホットミルクには反応すらしなかったくせに、ノワールが持ってきてくれたクッキーの皿を近づけた途端に、飛び起きてサクサク食べてるよ。


 なんか金色の粉がこぼれてるんだけど、これも調味料なのか? 金色の虫がスナック菓子な世界だしな、ありえるわ。


「ボクのベッドが、クッキーカスまみれ」


「あ、ごめんって。俺が掃除しとくよ」


 ガムテープとかないかな。


「おかわりー」


「え? 早くね!? もう一枚食ったの? お前たちの全長くらいあったぞ、あのクッキー」


 え〜? もう一枚あげて大丈夫なのかな、お腹破裂しないか?


 あーもう皿に乗ってきて齧り始めたぞ。青白かったほっぺたも、ピンク色になってきたし、まあいいか……満腹になったら食うのやめるだろ、たぶん。


 俺はー、まだ食欲を強く感じることが、ないんだよな。今日も夕飯は遠慮しちゃったし。男子高校生で、この食生活はヤバいよな〜、俺マジで何日食ってねえの? いや日じゃねえや、年単位だわ。


 俺三年も満足にメシ食ってねえわ。


 バケモノじゃん。ってか、なんか植物っぽい。水と光合成で生きてる感じ。もしかして、これが妖精化ってヤツなのか。


 んで、ほんとにチビたちが元気になったからすごいわ。もうずっとベッドの上を飛び跳ねて、なんかもう、そのままでいいよって感じだった。


「イオラ、王子の力は無限じゃないよ」


「え? ああ、そうだろうな。俺もルナに無限に助けてもらおうなんて思ってないよ。ルナの立場上、妖精をかくまっているだなんて知られるのも危ないんだろ?」


「うん」


「それじゃあ、このチビたちだけ森に返さないとな。人間の里じゃ、長く生きていけないみたいだから」


「どうやって返すの? イオラ、森に近づくの?」


 え……?


 えっと、なんにも考えてなかった。どうやって返そう。


 なんもいい案が浮かばないまま、薬草風呂じゃない普通のシャワーに連れていかれて、これまた薬草臭いシャンプーらしきベタベタで頭を洗い、その間もずっと俺はチビたちを森に返す方法を考えていた。


 そして目にシャンプーが入ってしまい、目玉をくり抜いて洗いたくなるほどの激痛に涙が止まらず、今、片目に眼帯をしている。ルナは髪がいつもサラサラで綺麗だけど、こんなので洗ってるのかよ、洗い流す間ぜってえ目ぇ開けられねえじゃん。


 なんか、片目が開けられないとバスローブに付いてるボタンも上手くはめられなかった。片目だと距離感がわからなくなるんだな。


「イオラ、おめめへーん!」


「へーん!」


 ノワールの部屋に案内されたとたん、鳥籠みたいな檻の中に、チビたちが二匹、俺を指差していた。


「変なことになってるのは、お前たちもだろ。閉じ込められてやんの」


「だって、クッキーくれたんだもん」


「クッキーで釣られて閉じ込められたのかよ」


 大丈夫かよ、こいつら。知らない人について行って、魔力不足になって消えちゃわないか心配だな。森に返したら、今後はお師匠様のそばから離れないように言い含めておかないと。


 その後、涙が出るほど友達思いな俺の説得と、理解してくれなさすぎて別の意味で涙が出そうになるほど自由なチビ達の押し問答が続いた。あーもー、ダメだ、チビ達が幼すぎるんだよ、会話が噛み合わねえ。


 チビ達は特に鳥籠の中に閉じ込められていることに不満は言ってなかったけど、俺は鍵が心配になった。誰が持ってるのかと尋ねたら、ノワールのベッドで寝転んでいるサフィールが片手をあげた。


「あなたはお友達のためなら、一人でも森へ戻ってしまいそうで、心配ですね。まだまだ監視が必要です」


「俺ってそんなに信用ないの?」


「あると思っていたのですか? 自分は異世界人だとか、妖精たちのために専用の餌をねだるとか、これで信用しろと言う方がおかしいでしょう」


「ソーデスネ」


 ぐうの音も出ねえ。俺、この三人から最大限の配慮をしてもらってたんだな……。


 早いとこ自立して、自由になりたいって気持ちがちょっと湧いた。



 ノワールは幼児っぽい水色パジャマで、身長的にはノワールに合ってるけど、なんだか雰囲気には不釣り合いな気がした。ノワールはもう少し大人っぽい感じのが、似合うような……俺は人にパジャマを勧めたことがないから、上手く言えないや。黙っておこうっと。


 サフィールはルナのお下がりだとか言って、ダボダボの黒のパジャマ姿。着ると落ち着くんだってさ。


 ……で、俺にもルナのお下がりを着せるのは、どういうセンスなんだろうなぁ? サフィールとお揃いの、黒のパジャマだよ。手足の裾丈を折らないと、転びそうだ。四肢の長さの違いを感じる……。


 でも、ルナの好きな色が黒なのは意外だったな。よく白衣を着てるから、白のイメージがあったよ。


 いつもの俺はバスローブのまま手足を縛られて寝かされてたけど、今日は全然違った。俺を真ん中に、でかいベッドで三人並んでる。


 天井から人形の手足がぶら下がってるのがめちゃくちゃ気になるんだけど、俺の手足が自由なままってのは、なかなか嬉しかった。拘束がないだけで、俺は以前よりかはノワールたちに信頼されてるんじゃないかって思えたから。まあ両脇を固められてるから、100パーは信用されてないんだろうけどな……。


「おやすみー」


「おやすみなさい」


 枕に頭をつけたとたんに、両耳に二人の声が、くすぐったい。変なの、修学旅行で同室だったヤツらよりも距離が近いのに、なんでか嫌じゃなかったよ。


「おやす――」


「ボクらもアルエットとねるのー!」


 窓ぎわの鳥籠が、内側からバシバシ叩かれて大騒ぎだった。


「だああ、うるせえな! お前たちは散々寝てただろ! 鳥籠に綿が敷いてあるから、それにくるまって静かにしてろ」


「やだー! だっこしてー!」


「アルエット、だっこー!」


 そういえば、こいつら夜行性だったな。どうしよ、俺もう眠いんだけど。


「ふええ〜ん!」


「えええ~ん!」


 あ、うずくまって泣き出した。まさか一晩中泣くつもりじゃないだろうな。


 ……もう静かになったぞ。


 え、寝てる?


 ベッドから上半身だけを起こして、鳥籠の中の様子を確かめてみると、二つの丸っこい背中が、穏やかな寝息とともに上下していた。


「……ふて寝したっぽいな」


 ほんと赤ちゃんだよな……。まあいいか、静かになったし。


 俺はなんとなく鳥籠から視線を上げて、薄いカーテンに覆われた窓を眺めた。


 ノワールの部屋の窓は、かなり大きい。俺が転落しないように用心してるのか、一度も開いてるとこ見たことないし、取っ手のところは縄でぐるぐる巻きにされてるんだけど、それでもきれいに磨かれたガラス越しに、夜空と雲が見えたよ。


 枕から半身を起こし、薄いカーテンを、そっと開いてみる。


 おお、ドでかい満月が出ていた。へえ、この世界の太陽と月は、俺がいた世界とそっくりなんだな。毎日ドえらい目に遭らされてたせいか、全然空を見上げている余裕なかった……。


 もしかしたら、この空は俺のいた世界とも繋がっていて、この空の下のどこかに俺の家族もいて、ルナたちとも自由に、飛行機とかで会えたりして……そんな気楽な出会いだったら、よかったのにな。


 異世界って事は、ここは地球ですらないんだろ? 同じ宇宙に生きてるとも限らないし、それどころか次元すら違うのかも知れないし、遠いよなぁ……ってか、そもそも俺、元の世界に帰れるのか?


 母ちゃんの作ったカレーが食べたいなぁ。もう家族の誰でもいいよ、電子レンジでチンしたレトルトでもいい、食べたいなぁ……。


 カレー食べたいなぁ……。


 あ〜月、きれいだなぁ……こっちの世界でも、月の満ち欠けってあるのかな。


 ルナの両目も、これぐらい穏やかな光り方でいいのに。名前は月っぽいのにさ、あいつの目のギラギラ具合は、真夏の太陽みたいなんだ。


 ほんっと、まぶしいんだよなぁ。


 すぐ側にいるのに、何考えてるのか分かんないし、全然距離が埋まらないのが、ほんと太陽みたいだ。


「イオラ?」


 呼ばれて振り向くと、ばっきり開いたノワールの両目と目が合って、めっちゃビビった。


「寝ないの?」


「ああ、うん、寝るよ」


「窓から逃げちゃわないでね。サフが悲しむから」


「ここ、三階だろ……それに、どこに逃げろって言うんだよ。森には戻れないし、他に頼れそうな人もいないしさ」


 自分を妖精だって思い込まされてたときは、森にたくさんの仲間がいて、自分は独りじゃないんだって、すっげ―心強かったのに。今はどこにも、安心できる居場所はないんだって思っちまう。


 俺の胎の変な臓器が消えたら、俺は、どこに行こうかな。元の世界に帰れる方法を探しながら、もしかしたら、この世界でお爺ちゃんになって、この世界の土に還っちまうのかも。


 それは、寂しい……。


 はぁ、今後のこと考えてたら、気が滅入ってきた。元の世界に関する情報が、こっちの世界には何もないんだもんなぁ……もう寝ようっと。


 枕に頭をつけて、目を閉じた。両側に、俺のじゃない二人分の呼吸音が。雨の日の雨音を聞いているような感じがして、なんか、心地よかった。


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