第42話 ホットミルクよりクッキーかよ
ノワールの部屋に戻ってきた俺たちは、ポッケの中で寝息を立てているチビ達二匹を掴んで、ベッドに寝かせた。起きねえなぁ、さすがに心配になってきたよ、よく見たら顔色もすごく悪いし。
ノワールが小さめのコップを持ってきてくれてさ、そこにちょっとぬるくなっちゃったミルクを注いで、チビ達の鼻先に近づけた。
「おーい、起きろよ。水分ぐらい取ろうぜ」
この世界に来てから、ほとんど何も食べてない俺が言うのもなんだけど。
「ママ……」
……。
もしかしてこのチビ達、俺が思ってるよりも、もっと幼いんじゃないかな。妖精がいつ成人するのかはわかんないけど、チビ達はまだまだ赤ちゃんなのかも。だからって俺じゃ代役できないのは、ルナにちぎれそうなほど強く吸われて実証済みだからな……。
最初はルナのこと、頭イカレきってるとしか思えない行動するヤツだと思ってたけど、今思えば、妖精たちからどの程度必要とされる体に変化しているかを、検査してたんだな……。
でも、素直に感謝したい気持ちがわかないんだよな。患者側の気持ちを汲む気が、まるでないし。そもそもルナ達は本物の医者じゃないんだから、俺も患者には当てはまらないのか? だとしてもだよ。
「飲まねえな、ってか起きねえ」
「起きられないほど弱ってるのかも。このままママのもとに逝ってもらう?」
「お前さ……無表情な顔して、よくそんなこと言えるな。俺にとっては、三年間ずっと一緒にいてくれた友達なんだよ。こいつらのおかげで、三年間すごく楽しかったんだ。だから、起こしてやりてえよ……このまま消えちゃうなんて、お師匠様も悲しがるし」
「イオラはルナと妖精、どっち好き?」
「……容赦ねえな、お前は」
ノワールに相談した俺がアホだったよ、他に誰に相談すればいいかアテはないけど、大勢いるお城の従業員に片っ端から聞きまくってれば、そのうち知識人に当たるだろ。
「へーへー、半端者で申し訳ないね。誰かの命を天秤にかけて即決できるほど、冷血漢じゃないもんでね。あーそうだね、優柔不断だねー!」
「イオラはわかってない。今ここは戦争中なの。国境を挟んで、毎日ピリピリしてるの。裏切り者を置いておく余裕なんて、誰も持ってないんだよ」
「……」
っんだよ、それ……。さっきまで、城下町にお出かけとか、呑気なことやってたじゃんか……なのに、本当は戦争中で余裕がないとか、気づけないよ……。
「マ……マ……」
……。
ベッドの上でぐったりしている二匹を、両手で包んで持ち上げた。体がすごく冷たくなってる。どうしよう、このままじゃこいつら本当に消えちまうかも、どうしよう。
「俺、他にいい方法がないか誰かに聞いてくる」
「ボクも同行する。何も手伝えないけど」
「勝手にしろよ、どうせ嫌だって言ったって付いてくるんだろ」
「うん」
なんとも言えない空気になっちゃったよ。俺まだこの国のこと、なんにもわかってないんだけど、とりあえず手の中のチビたちを助けたいんだよ。ずっとママママって呟かれてて、俺のメンタルも沈んでくるんだよ。
俺だってお母さんに会いたいんだもんよ……。
両手がふさがってるからって、ノワールが黙って開けてくれた。俺が妖精を持ってお城をうろうろしてたら、お城の従業員から反感買うかな……話が通じそうな人に会えるまで、ポッケにしまっておくか。
気まずいまま、廊下を歩いてゆく……。適当に先を進む俺の少し後ろを、ノワールがスタスタついてくる。
「……んーとさ、俺、戦争とかよくわかんないんだ。テレビの向こうでしか、知らなくて」
「てれびってなぁに?」
「うーんと、世界中のいろんな映像が特集されてる機械だよ。こっちの世界には、無さそうだけど。だからって言い訳がましくなっちゃうんだけど、俺はこれからも、ノワールたちと戦争の概念がちょくちょくずれると思う。俺があんまりにもおかしなこと言ってたら、遠慮なく注意してくれよな」
「わかった」
って、今から俺がやろうとしていること自体が、もはや修復不可能なほどずれてるんだけどな……。
誰にも会わないまま廊下を歩けたのは、ある意味運が良かったのかも。
階段が見えてきた頃、サフィールが下りて来るのが見えた。
「お、サフィール」
毎日何回ぐらい着替えてんだ? お姫様に変身するたび、ルナに虐げられているっていう設定もついて回るから、複雑だろうな。
「サフ、どうしたの? 何があったの?」
なんか、めっちゃノワールが心配してる。俺にはいつも通りのサフィールに見えるけど。
「なんでもありませんよ」
そう言ってサフィールは、むしろ俺たちが何をしているのかと尋ねてきた。ちょっとだけ藁をも掴む思いだった俺は、怒られるだろうなと思ったけどサフィールに相談してみた。
「……そうだったんですか。では、もう一度お兄様のお部屋に戻って、魔力入りのクッキーを分けてもらいましょう」
「え? そんな食べ物があるのか!?」
「はい。お兄様が、イオラの連れてる妖精たちのために、特別に専用の餌を作ってくださったのですよ。ああ、この事は他言無用でお願いします。この土地を守る主が、敵国の子供たちに施しを与えていると知られたら、下々の者に示しがつきませんからね」
へえ!? ルナ、こいつらのこと助けてくれてたんだ! てっきり、なんの興味も関心もないのかと思ってたや。
「待ってサフ、王子の部屋にはボクが行く」
「はい?」
「喧嘩したんでしょ?」
「け、喧嘩というほどでは、ありませんが……意見の相違で揉めはしましたね。ですが、お互いに長く引きずるほどの深刻な内容ではありませんよ」
「やっぱりボクが行くね」
有無を言わせず、さっそうと歩き出すノワールの後ろ姿を、俺もサフィールも呆然と見送るしかできなかった。
二人だけになっちゃって、それはそれで気まずいな。なんて声かけようかな、何か会話したほうがいいよな。
「えーっと……ケンカしたんだって?」
「喧嘩の原因は、その妖精たちですよ。そのちっちゃいのを救うことに、僕は反対でした」
「ハハハ……それでもルナの部屋に戻って、クッキーをもらってこようとしてくれたんだな。ありがと」
つーんとそっぽ向いている、銀髪の美少年クン。ルナの弟を名乗ってるだけあって、どこかしらあいつとそっくりだと思った。
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