第41話 イオラはこの国の糧にするよ
「イオラはここで生きていたら、私と森の王に一生脅かされることになる。ニーポンに帰してあげる方法も見つからないし、帰したところで、また妖精たちに誘拐されるかもしれない」
「そ、そうかもしれません、けど……」
「イオラは森の妖精たちの苗床となる適合者だ。アルエット王子以来の二人目だね。どうやら適合者は滅多に現れないらしい。イオラをこの城で保護し、もとの人間に戻してあげても、森の妖精たちは適合者をあきらめないだろう。なにせ滅多に現れない人材なんだから」
「……」
「またイオラを誘拐して、お胎の中に都合の良い臓器を生やさせて、第二のアルエット王子にしようと狙い続ける可能性が高い。もしもイオラが森の奥深くまで連れ去られたら、我々の今の戦況じゃあ救出できないよ」
「妖精たちと同じ魔法が使えるのは、お兄様と、僕と、それからノワールの三人だけですからね……。初めて会ったときのイオラからも魔力の気配はしましたけど、あれは一時的に妖精から授かったもののようです。今のイオラからは何も感じません。イオラ自身が妖精たちに抵抗して、自力で帰ってくることは望めないでしょう……」
僕たち三人は自衛できるのが当たり前ですから、できないイオラの気持ちはわかってあげられません。大人しく誘拐されるだなんて、おかしな話に聞こえます。
「国庫に保存されてる、当時を記した手記によるとね、殺害されたアルエット王子の遺体を、妖精たちは取り返そうとしなかったらしい。つまり、生きてる人間の胎でしか卵を生ませられないんだ。絶命した人間を復活させる魔法も、どうやら存在しないらしい」
妖精同士でも繁殖できるくせに、なぜ適材の確率が低い人間を拐ってまで。非効率です。意味がわかりません。
もしもお兄様の言うように、同じ人間に再度誘拐を試みるほどの執着を見せるのならば……え? 同じ人間に、何度も……?
そう言えば、この小さい妖精たちは、なぜまだイオラのそばを離れないのですか? イオラが菓子などをあげている様子はありませんでした。しかし未だに異様な懐かれ方をしています。今日だって着替えの際に、イオラはポケットの中に何匹かしまいこんでいましたが、彼らに抵抗している様子は見られませんでした。もしや森の王からイオラを見張っているようにとの命令を受けて、それで何十匹もイオラの体に、くっついていたのでは? 初めてイオラに会ったときは、肩やら頭にびっしり妖精をくっつけていましたから、あながち僕の考え過ぎでもないでしょう。
今のイオラは、例の臓器が順調に縮んできています。でも、まだ妖精たちが彼のそばを離れません。それは、滅多に現れない適合者だから?
「まさか、お兄様……イオラを殺してしまうおつもりなのですか!?」
「それが彼のためだろうね」
「そんな! なぜですか!? なぜそんなことを独りであっさりとお決めになるのですか!」
「一生妖精たちに誘拐されるかもしれないと、怯えて暮らすよりはマシだろう? いっそ、うちで標本になってもらって、適合者とそうでない者の違いの判別に一役買ってもらおうと考えている。爪の先まで、うちの国の糧になってもらうよ」
「お兄様だって、彼を気にいっているでしょう!?」
「あのねサフ、人間はペットじゃないんだよ? 巨大な敵に立ち向かうには、志を同じくして、群れで立ち向かわなきゃいけないんだよ。一人一人が勝手な行動をしていては、この戦いは負けてしまう。特に、人の上に立ち続ける一族が、訳ありな人間を匿い続けるなんて例外は作れないんだよ。付いて来てくれる仲間たちに、示しがつかないからね」
「しかし僕の事は、守ってくれているじゃないですか」
「お前にも苗床の適性があったら、私は迷いなく殺していた。万が一お前が妖精に誘拐されて、森の奥深くに連れて行かれたら、私とノワールだけでは取り返すことが叶わないからね」
「……では、死ぬまでずっとイオラをお城に、閉じ込めていればいいじゃないですか。最初はイオラも嫌がると思いますけど、お兄様のことをよく知ってもらえたら、きっともっと好きになってくれると、そう思うんです」
「イオラが私の趣味に合わせていられるのは、お腹の中の臓器がそう錯覚させているからだよ。私と恋をして、卵が埋めるように、あの臓器からホルモンが出てるのかもしれないね。イオラを城で保護し続けていたら、近々その臓器も消える。そうすればイオラにとってこの城での軟禁生活は、地下牢に放り込まれた罪人も同じだ」
「なぜイオラに嫌われることが、決定事項なのですか。あの者は心底嫌う相手のそばにいられるほど、器用な性格ではありません。誰かれ構わず発情している様子も見られませんでした。お腹の臓器は、関係ないかと思います」
何を言っても納得してくれなさそうなのが、お兄様の横顔から伝わってきます。誰かに愛されるのを期待もしなければ、とっくにあきらめているのでしょう。
僕以外の家族が、お誕生日にすら会いに来てくれないから。国王陛下は毎年来てくれますけど、お兄様の輝く両目に怯えているようですし、心から祝ってくれないのならば、それは誕生日の参加者として数えられません。
「彼はニーポンに帰りたがってるけど、どうもこの世界の人間じゃないみたいなこと言い出してるし、もしかしたら本当にそうなのかも」
「異世界ぃ? まだ未発見の集落かどこかでしょう」
「いや、ずいぶんと発展した、なかなかおしゃれな国らしいよ。とてつもなく豊かじゃないと、成立しない法律や暮らしぶりが特徴的だった。まるで、途方もない未来の話を聞かされているようだったよ。そして、それがイオラが生きているニーポンと言う国らしいんだ」
「にわかには信じられませんが、仮にもし異世界人だとして、なぜ魔力も何もない人間が、そんな突飛な事態に遭遇しているのでしょうか」
「妖精側が、人間の適合者を見つけられなくて焦るあまりに、別の世界から人間を召喚したとか? こればっかりは、まだまだ決定打に欠けるな」
「もしも異世界人ならば、イオラがやたらと贅沢者なのが少しだけ納得できます。このお城で出されるスイーツを、美味しくなさそうに食べるんですもの」
「ふふ、イオラの世界のお菓子を食べたら、我々は歯が溶けてしまうかもしれないね」
なにを笑っているのですか……。
イオラの胎の特異な臓器が消えれば、もう特別なデータは取れなくなります。そうなったらイオラは用済み、ただただ妖精たちに狙われ続ける厄介な存在となります。物理的に処分してしまうほうが、合理的です……。
しかし、合理性ばかり追い求めて達成し続けるなんて、もともとそういう気質の人間ならともかく、そうでないなら相当な精神的負荷が掛かります。
何より僕が、お兄様にこれ以上の化け物じみた決断をしてほしくないのです。これが本音です。イオラを狙う妖精どもなんか、僕が蹴散らしてやります、だから……
だから、お兄様にも幸せになってほしい。幸せを感じる時間を持ってほしい。
イオラがこの国で生き残るには、お兄様の傍で、ずっと可愛がられて暮らすこと、そして僕とノワールが妖精どもからイオラを守ること。イオラだって、たとえお胎の臓器が消えたとしても、森の妖精から保護してくれた恩義のあるお兄様を、切り捨てる事はしないでしょう。
お兄様だって、一途で健気で泣き虫な、それでいて、ちょっと生意気なところもあるイオラのことを、可愛らしく思っています。
お兄様があきらめていらっしゃるのならば、イオラのほうを、お兄様無しでは生きていけない体に調教すれば良いのです。
今日はイオラの要望で、靴屋さんに寄りました。その際、バックヤードで見かけたアレ。アレなら、僕にも作れます……ずっとお兄様と暮らしてきましたもの、ある程度の再現なら可能です。
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