第18話凱旋

ニキタらは凱旋する水星革命軍を出迎えた。それは「凱旋」であり、「葬列」でもあった。彼らは確かに勝利した。敵の後背に出た後、狼狽する敵艦隊に対して的確な攻撃をドミトリーは加えた。アントン大将は敵前での回頭という致命的な指令ミスを犯し、まもなく旗艦もろとも四散した。そしてなんとか回頭し終えた艦艇も戦闘が長引くほどに高温に苦しんだ。ボリスとほぼ同じ症状を呈した彼らに戦闘の継続などできるはずもない。操艦者を失った地球側の艦艇は次々に太陽の重力によって吸い込まれ、どこまでも遠ざかっていった。しかし支払った犠牲のあまりの大きさに勝利の美酒の味は苦み走っていた。水星革命軍の内、無事帰還しえたものは半数に満たない。生き残った者は誰もが知己を失い、胸の痛みを覚えないものはいなかった。ボリスの死はアンドレイを通じて、ニキタとウラジミールに伝えられた。ウラジミールは目をむいた。そしてすがるようにアンドレイをみる。質の悪い冗談であることを期待しているかのようであった。しかし訃報を伝えた彼もまた、その痛ましさに耐えかねている様子である。ウラジミールはその情報が真実であることを確信して泣き崩れた。同じ場にいたニキタはその様を静かに眺めていた。その顔からはいかなる感情もうかがい知れない。

「この情報は隠匿せねばなりませんな」

 しばらくしてニキタはぽつりと言う。アンドレイはそんな彼を睨んだ。死者への追悼に水を差すような発言がアンドレイの逆鱗に触れたのだ。しかし彼はそれを全く意に介したようすはなかった。そして踵をかえして自らの執務室へと戻っていったのだった。

 ニキタらを中心として地球と水星との間で講和会議が行われた。金星宙域に浮かんだ戦艦オムスク内で会議が行われたため、この講和の内容を俗にオムスク宣言を呼ぶ。この講和は地球がメンツを、水星がそれ以外を得たと評される。水星は独立を撤回し、本国の自治区となることが決まった。しかし地球側が水星に持っていた利権は全て回収され、軍備や外交権も水星自治政府が有していた。ニキタはボリスの名を脅しに使って、これらの条件を飲ませた。三倍の艦隊を破った彼の威名に本国の大統領は縮み上がった。そしてニキタは会談の最後に独立を撤回してもよいという妥協案を提示して、大統領の言い訳がたつようにした。国民から批判を恐れていた彼にとってそれは何よりの成果だったらしく、圧倒的に不利な講和内容に満足げにサインした。こうして地球側は水星叛乱、水星側は革命戦争と呼ぶ一連の戦役は終結したのである。

 しかしこの講和に頑強に反対するものがあった。水星自治政府総統ウラジミール・アシモフである。彼はあくまで水星と地球の平等を望んだ。名目だけであっても、地球に優越的な地位に立たれることが許せなかったのである。いや彼にとっては地球人に水星人が同じ人間であると認めさせることこそ本題であった。ニキタにとっての名目は、ウラジミールにとっての問題の本質であったのだ。幾度かの水星最高評議会が開かれたが、いずれも紛糾し、わかったのは互いに相容れないということだけであった。

評議会の面々の大部分はこれ以上の地球との闘争は避けるべきものであるという認識を共有している。だからこそ地球本国民からの反感を買う独立という表現を撤回したニキタの判断を英断であるとしている。しかし水星人の尊厳を謳うウラジミールの絶対的な正しさに反駁しうるものもいなかった。熱狂的な彼の支持者に水星人の名誉を貶める者と糾弾されることを恐れたのである

この膠着状態を打開すべくニキタは強行的な手段に出た。ウラジミールのいない最高評議会を開き、そこで彼を名誉総統に「格上げ」したのである。名誉総統の職権はたったひとつ、革命の象徴として全人民を鼓舞することだ。要するにウラジミールを栄誉職にまつりあげ、その権限を奪ったのである。そして革命の元勲をたたえるというもっともらしい名目をつけた。反感を買いたくはないが、ウラジミールを煙たく思う大部分の評議員は賛成した。かくしてニキタの思惑通りに事態は進行したかにみえた。

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