第17話終幕

むせかえるような熱気の中、ボリスは激しい吐き気とめまいに襲われていた。気温一○○度を超える環境に四十分近くいるのだから当然だろう。彼は司令官席に深くもたれかかっていた。立っていることなどできるはずもない。

「アンドレイ、状況は?」

「は、無事エイヘンバウム大佐らは敵の後背に再集結できたようです」

「そうか、あとはエイヘンバウム大佐がうまくやってくれるだろう」

 旗艦をおとりとして他の艦艇を逃がした後、それらが天頂方向へアーチ状に繞回して敵後背に再集結する。これらがボリスの考えた作戦だった。しかし旗艦が撃沈されてしまえば元も子ない。ヘルメースの乗組員は水星革命軍でもえりすぐりの腕前だが無数の損傷をうけながらそれが致命傷とならなかったのは、望外の幸運というべきだろう。

「総司令、このヘルメースの命運もつきたように思われます。脱出のご準備を」

 艦長が淡々とつげる。動力部に損傷をうけて慣性運動のみで前進しているヘルメースに乗っていては、いつか太陽に焼かれてしまう。

「艦長、貴官らだけで脱出艇に乗れ」

「バカなこといわないでください」

 強く反駁したのはアンドレイだった。ボリスはあえぎながら、言葉をつむぐ。

「水星独立を果たすためとはいえ、私は多くの人間に死をもたらした。生きて帰って英雄などになるわけにはいかないのだ」

「ならば、私も同罪です。お供します」

 アンドレイは強い調子でいった。ボリスは困ったように笑った。

「それはだめだ。アンドレイにはしてもらうことがある」

 言われた彼は、予想外の発言に毒気をぬかれたようだった。

「ウラジミールのことを守ってやってほしい」

 ボリスはかすれたか細い声だがはっきりとした調子で言った。そして続ける。時折途絶えながらもその話す言葉の明晰さは損なわれていない。これだけは伝えておかなければならないという執念だけが彼を動かした。そしてその責務をまっとうしたとき、彼はがくりと崩れ落ちた。「大佐!」とアンドレイが叫んだが、その声が彼を呼び止めることはなかった。ボリス・エフレーモフは冥界の門をくぐり終えたのである。

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