第19話

「アヴェーン内務卿、お話がある」

 評議会後に書類に目を通すニキタのもとへとやってきたのはアントーノフ少将だった。口調は礼節をわきまえていたが、その顔に敵意をたたえていた。

「貴様は革命の本分を忘れ地球人どもにおもねるに飽き足らず、アシモフ先生を排除した」

 そういうと素早くレーザーガンを抜き、狙点をニキタの額に合わせた。射線上の張本人はゆるりと顔をあげ、刺客をはじめて一瞥した。

「ほう、貴官はその本分とやらのために水星人ことごとく死に絶えてもよいとのお考えか」

「だまれ。政権を壟断する卑劣漢が」

 付け入るスキのない正論にアントーノフは激昂した。正しさの前にすべての人がひれ伏すわけではない。

「アヴェーン貴様がここで悔い改めれば、生かしておいてやる。しかしこれ以上その口を動かし小賢しい理屈を弄するようであれば、二度とそのようなことができないようにしてやるぞ」

 ニキタはわめく眼前の大男を観察した。そして理想に隷属するその様を憫笑したが彼の脅しは無視した。もはや関わるのも馬鹿らしいといわんばかりに、再び書面に目を落としたのである。

アントーノフも自身の最後通牒が無視されたことで覚悟を決めたらしい。引き金に指をかけた。しかしその発射音より先にどさりと巨体が崩れ落ちる音がした。ニキタもさすがに驚き、顔をあげる。そこにはさっきまでのアントーノフが占有していた視界が開け、アンドレイが立っていた。彼のレーザーガンが暗殺未遂犯を貫いたのだ。

「ザエテフ大尉なぜここに?」

「私もあなたに用があって待っていたのですが、さすがに黙ってみるわけにはいかないでしょう」

 そういうとレーザーガンを腰にしまい、ニキタに向き直った。

「内務卿、私はあなたのことが嫌いだ。人のことを駒としか思っていないように見える。手腕は確かだが、信はおけない」

「そうか」

 ニキタの返答はいつも通り、端的だった。

「しかし、エフレーモフ大佐はそうではなかった」

 その言葉はわずかにニキタの興味を引いた。

「最後に大佐は言い残した。ウラジミールを助けてほしいと。内務卿とアシモフ先生が対立することを予想されていた」

 努めて淡々とした調子だった。思い出すことに伴う心の痛みを隠そうとしているかのようであった。

「大佐がいうにアシモフ先生は暗愚ではないが、自らの掲げた理想に逆らえないと。理想を優先するあまり必ず冷徹なあなたと対立する。そしてあなたは障害となるものは必ず排除する方だ。流血もいとわないでしょう」

「アシモフ名誉総統とそのシンパがなんらかの反抗に出るのであればそうするだろうな」

 ニキタは軽くうなずいた。

「だから彼を救うためにこう伝えろと言われました。頼む、ウラジミールは説得するから命だけは助けてやってくれと。エフレーモフ大佐はあなたを信用していた。話せばわかってもらえるといっていた」

 ニキタはアンドレイの言葉に少なからず驚いた。敵意や悪意を向けられるのには慣れていたが、信用されたという経験ははじめてだった。その響きに一瞬おもばゆさを覚えたが、すぐに自分の精神の柔弱さに苦笑した。しかし不思議と悪い気はしなかった。この情動に身を任すのも悪くないとすら考えた。ボリスの看破した通り、アントーノフの暗殺未遂を利用して、黒幕の濡れ衣をきせてウラジミールを処断するつもりでいた。それは自治政府の分裂を防ぐための処置である。

「そうか、エフレーモフ大佐は革命の元勲だ。その言葉をむげにするわけにもいくまい。しかし条件をつけさせてもらおう」

「条件?」

 ニキタはボリスの言葉に感じ入るところはあったが、それに流されるような男ではなかった。彼は情愛や怨恨などによって視界を曇らせるような凡愚さとは無縁であった。

「アシモフ名誉総統には完全に下野して、今後一切政治的な活動を行わないということを約束してもらおう」

アンドレイはその酷薄さに文句のひとつでもつけたかったが、ニキタの表情をみてこれ以上の譲歩を引き出しえないことを察した。ウラジミールは水星のための政治活動に一生の大半をささげてきた。彼からそれを奪って何が残るというのか。しかしアンドレイは静かに頭を下げていった。

「ご厚情感謝いたします」








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