第26話 金髪少女とパジャマ姿



 アリアに連れられてシャルの部屋の前までやってきた。アリアにはしゃべるのを止められており、彼女はご機嫌そうにドアをノックする。


「シャル〜。おしゃべりしよ〜」


 それだけでドアを開けてくれる彼女の姿が想像つかないが、彼女らの間には容易なことなのだと理解はできる。


「どうかしましたか、アリア」


 しばらくしてドアが開かれて、髪を下ろしたシャルが出てくる。


 彼女も寝るところだったのだろう。アリアと同じ種類のフリフリした寝巻き姿だった。しかし、色はアリアと違い、ピンク色だ。


「よ、よう」


 意外な彼女の格好に俺は変な声が出てしまった。彼女はアリアから俺に視線を向けると、目を細めて、俺の視界はぐらついて鼻面に衝撃が走った。その衝撃に俺は思わず倒れ込む。


「ってぇ〜」


 そう言って顔を両手で抑える。何が起きたのか、自分でも一瞬わからなかったが、シャルの手のひらが俺の顔に飛んできたことを考えると、俺は彼女に掌底打ちを食らったようだ。


 ドアが閉まる音がして俺が起き上がると、アリアはゲラゲラとお腹を抱えて笑っており、俺は思わず顔をしかめてしまった。


「……嫌な予感があったちまったじゃねぇかよ」


 シャルの部屋に行く時からしていた予感が見事に当たる。それにしても、以前は寝るときにローブを纏っていた彼女がパジャマ姿になっているとは思えなかった。


「ねぇ、可愛かったでしょ?」

「どこがだよ。殴られただけだぞ」


 いまだに笑っているアリアに俺は睨みつけて言う。


「つか、攻撃できないとか言ってた聖女が殴るってどうなんだよ」

「えー、ユウリは特別ってことだよー」

「どんな特別だよ。殴られる趣味はねぇぞ」

「別にシャルも聖女って言われる趣味はないよ」


 アリアはそう言って笑うと、俺は彼女が普段からそう言われるのを嫌がっていたことを思い出す。


「……まあ、気を付けるよ」

「お、えらいえらい」


 そう言ってアリアは俺の頭に手を置いた。子供扱いされているようで少し嫌なので退けようとしたところ、シャルの部屋のドアが開き、ローブ姿の彼女が出てくる。彼女は俺らの姿を見て目を細める。


「何をしているのですか?」

「んん〜? 特に何も!」


 アリアは素早く手を引っ込めると両手をぶんぶんと振る。


「そうですか。それで二人して何のようですか?」

「別になんでもねぇよ。なんで殴られたのかすらわかってねぇ」

「あ、記憶が飛んでしまいましたか。かわいそうに」

「それならあんたのせいだな」


 シャルの言葉に俺は目を細める。


「まあまあ。特に理由なんて……」


 俺とシャルの嫌悪な雰囲気にアリアが間に割って入ったが、何かを言い淀んで止まると、笑顔を見せた。


「私とシャルの寝巻きがお揃いなのをユウリに自慢するためだよ」

「……アリア。この男にそんなことをする必要ありませんよね?」

「まあ、あんたはスッタラトンな胸が残念だから見せたがらないだろうな」

「次に何か発言すれば、ぶっ放します」


 シャルはどこから出したのか、杖を俺の顎に突き付けて俺を睨み付けた。


 攻撃魔法は打てないはずなのに、ぶっ放すとか物騒すぎるでしょ。いや、マジで迫力ある。


「ともかく、特に用事というものはないのがわかりました。遊びに来るのなら、この男はわざわざ呼ばなくていいのですよ」

「ええ〜。だって、面白そうだったんだもん」

「何がですか……」


 アリアに面白がるきっかけを与えた俺が言うのもアレだが、アリアは途中から何を楽しみ始めたんだか……。


「まあ、パジャマパーティの時間は終わりだな」

「パーティなんて、みんなが楽しんでいたような言い方はやめてください」

「パーティなんて一部が楽しむためにあるんだから、みんなが楽しめなくても当たり前なんだよ」

「そんな孤独で陰湿な考え方がよくできますね」


 シャルは悩ましげに頭に手を置くと首を左右に振った。


「あ、そういえば」


 思い出したようにアリアが両手を合わせて鳴らす。


「お昼にシャルと出掛けてたらカイリさんを見かけたよ」


 アリアの言うことに俺は何も違和感を感じない。カイリはこの宿に泊まっているのだから、お昼に外に出掛けていてもおかしなことはない。


「へぇ、そうなのか」


 そうとしか言いようがない言葉であるが、その言葉の真意は、『だから何かあったのか?』を訊ねる相槌のようなものだ。


「そうでしたね。どうやらカイリさんはあなたを探しているようでしたよ」


 シャルがアリアの言葉を付け足して説明する。


「俺を探したのか? でも、夕方から部屋にいるけど、誰も訊ねてきてないぞ?」

「そこはカイリさんがどう探していたのかわからないけど、用事がありそうな様子だったよ」

「ふーん。そうか」


 カイリの用事。それが何なのか、全く見当がつかない。


 俺が予想している魔族との対立の話なら、この間にしていてもおかしくないし、他に用事があるようには思えない。


「そしたら、部屋にでも尋ねてみるか」


 そもそも今日はカイリの部屋にもパジャマタイムの予定で押しかけるつもりだった。せっかくなら今から訪ねてしまおう。

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