第27話 魔族と修行



 カイリの部屋に行くことになった。しかし、数人で押し掛けるのも迷惑になると、シャルとアリアは各々の部屋に戻ることになった。カイリとの話は明日にでも二人に教えるつもりだ。


 さて、カイリの部屋の前に立ち、俺はドアを三回ノックした。前世ではノックの回数に意味があり、二回だと空室確認、三回だと入室確認だと教えられた。ただし、普段からマナーなんて気にしてないから回数に意味なんてない。


「すみませーん。ユウリですー」


 一応、敬語で話しかけてみる。カイリは俺らよりも年齢が上に見える。それに魔族なので歳は見た目によらないかもしれない。これも、普段からマナーなんて気にしてないから意味なんてない。


「はいはーい」


 そう言ってドアを開けて出てきたのは白いTシャツに青い短パン姿のカイリの姿だ。


 女の子がパジャマを着ると思っていた俺は驚愕していると、カイリはニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「女の子が寝るときにパジャマを着ると思った? 残念、私は着ないわよっ!」


 いや、これはこれでシルエットが出てきてアリかもしれない。


「なんか視線がいやらしい」

「気のせいだ、気のせい」

「君は表情に出やすいからなぁ」


 カイリは顎下に手を当てて悩ましげに言った。


「そんなことよりも聞いた話なんだが、俺を探してたって聞いたんだけど、何かようでもあるか?」


 話を変えて訊ねるとカイリは思い出したように手を逆の掌にポンッと乗せた。


「そうだった。君を探してたんだった。よければ中に入ってよ」


 そう言って部屋の中へ俺を招く。言われた通り、部屋に入ると意外と広い室内にベッドと机と椅子が置かれていた。


「こんな部屋あったのか」

「グレードが上がっている分、高いけどね」

「どこにそんな金があるんだ?」

「何言ってるのよ。こう見えても魔王の娘、元王女様だよ。お金はあるんだよ」


 なんでもないようにカイリはそう言って椅子に座る。


 下手なことを言ったかもしれない。そんなことを思いながら俺も向かいに置かれた椅子に座った。


 カイリは俺が座ったのを確認すると、話し始めた。


「それでお願いなんだけど、強くなってほしいんだけど」

「あー、強くなー。まあ、そうだな。……いや、どういうことだ?」


 話に脈絡が無く、思わず尋ねてしまった。


「んー、この間のガーゴイルとの戦闘みたら弱いなーって思ってさ」

「……え、突然に罵られているのは何故? つか、見てたら手伝えよ」

「追われてるだけに顔を見せると数が増えるかもしれなかったからねー」


 たはは、と誤魔化すように笑うカイリ。彼女の言うことも一理あって何も言い返せない。


「まあ、俺もあのときにシャルやアリアに比べて実力不足だとは思ったけどさ……。今までの努力の結果がこれだからなぁ」

「うーん。普段から訓練している様子を見てると強度が足りないんじゃない?」

「……強度が足りないか」


 痛い突かれて何も言えなくなる。強度……、すなわち、運動における質のことだ。


 体を動かし筋肉を鍛えることにおいて重要なのは、量と強度である。


 基本的に量が増えれば筋肉も増えるが、強度が低ければ鍛えられる筋肉も大したものではない。


 筋肉を増やすには量だけではなく、強度も重要になるのだ。すなわち、筋肉を激しく使う運動を繰り返すことによって、筋肉の最大量は増えていくのだ。


「でも、一人で訓練している以上は訓練量と強度を管理するのは難しいからね。仕方ないよ」

「……そういうなら、そういうことにしていてくれ」


 事実として、一人での訓練には限界がある。本人の出来ると思っている量や強度と周りから見てみたモノは違う。


 前世でも筋トレでジムに行くとトレーナーが付くことがある。一流のプロアスリートだって、当たり前のようにトレーナーが付くのだから、やはり一人で出来る訓練には限界があるのだ。


「正直、魔法の才能については私から見てすごくあると思う。君の指輪って君が自作したものでしょ?」

「……才能があるのかは知らないけど、指輪は自作だ」

「それを才能があると言うんだよ。普通は彫金師に頼むものだし」


 この世界には魔石を加工する彫金師という存在がいる。普通ならば彫金師に魔石をアクセサリーや武器に取り付けるなどを依頼するが、俺は冒険者になる前に興味の範囲で魔石を加工して指輪を作っていた。


「君の指輪は普通の彫金師が作ったものよりも魔力を溜め込めるように呪文や魔法陣を刻んでいるでしょ? それがシンプルで出力の高い魔法を簡単に出している。君はそれを戦い方に組み込んでいるから無駄がない」


 これは褒められているのだろうか。無駄がない戦い方というのは個人的には良い響きに聞こえる。


「もっと澱ませよう。隙を見せて、相手を嵌めるようにしよう」


 その言葉に褒め言葉ではないのだと理解した。


「それからいくつかネームド魔法を使おう」


 ……ネームド魔法。基本魔法のように炎を出す、水を出すだけの魔法には名前が付かない。名前のある魔法はネームド魔法と言われており、必ず名前が付くようにするのだ。


 とりわけ、俺の“カゲロウ”やシャルの“ヘブンズチェーン”なんかがネームド魔法と呼ばれる魔法である。


「ネームド魔法って言っても、一般的に知られている魔法は使えるけど、戦い方に組み込めてないぞ。それに魔法の開発なんてしてないから開発も無理だ」


 カゲロウは俺のオリジナル魔法であり、冒険者になる前に開発して自分の戦い方に組み込んだものだ。


 それ以外のネームド魔法は、何故だか戦うときにリズムが崩れて隙が出来てしまう。


「それは剣なんて使った戦い方しているからでしょ?」

「……どういうことだ?」


 剣を使っているのが悪いと言いたげなカイリの言葉に首を傾げた。


 この世界に生まれてから剣を使った戦い方以外をしたことがない。幼い頃は、元冒険者だった父に剣を教えてもらっていた。


「一人で戦っているから俺は魔法使いの立ち回りはできないぞ」

「別に魔法使いになれ、とも言っていないわ。だって、君は魔法使いほど遠距離戦は向いてない性格じゃない」


 それならば余計にわけがわからなくなる。


 魔法が得意な方だから魔法使いの立ち回りになれ、と言われるならわかるが、向いていないと言われてしまうと何を勧められているのかわからなくなってしまう。


「だから、私がこれから修行を付けてあげる」

「……修行?」

「うん。魔族の戦い方も含めて、君に新しい魔法を教えてあげる」


 そう言われて、思わず興味が出てしまった。新しい魔法と俺が知らない戦い方。まるで戦闘狂のように思われてしまうが、諦めていた自分に希望が持てるように感じてしまった。


「……でも、なんでなんだ?」

「それは強くなってほしいからだよ」

「その理由がわからないから教えてくれ」


 俺は性格が良くない。捻くれている。だから、相手の裏を読んでしまう。何のために、なんて相手の思惑を勘ぐってしまう。


「理由は簡単だよ。私が襲われるなら君は助けてくれるでしょ? だから、簡単に死んで欲しくないだけ」


 そう言ったカイリは少し寂しそうにしており、彼女が何を思い出しているのか、俺は考えてしまった。だから、俺は何も言わずに黙ることにした。

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