第25話 ピンクとパジャマ



 クレア・ティリネス。勇者一行の魔法使い。“魔写しの魔眼”という二つ名の通り、彼女は青き魔眼を持っている。見た魔法をコピーして使いこなすことができる魔眼だ。


 コピーした魔法は千を超えると言われており、使ったことのない魔法はないと言われるほどの魔法使いだ。


 相手の魔法を写し取る悪魔のような能力とピンク色の髪の毛で“ピンクの悪魔”とも言われている。……聞き覚えのある二つ名だが、ツッコまずにいよう。


 ギルドの酒場でシャルとアリアの話を聞いている限り、彼女は孤児院で育ったらしく、その時から魔眼を発現させていたらしい。


 勇気クラトスが旅立つ時には力になるからと付き添いで一緒に旅することに決めたとのことだ。


 そのクラトスもクレアと同じ孤児院で育ったとのことなので、幼馴染が一緒に旅を始めたようなものだったらしい。


 そんなわけで酒場ではシャルとアリアがお酒を飲んでもないのに昔話に花を咲かせてしまったため、俺は途中から飽きてしまい、別のことを考え始めてしまっていた。


 飽きるな、とは言われそうであるが、知らない話をずっと聞いていれば飽きるものだ。しかも、会話が「あー、アレね! アレアレ」「そう、それそれ!」ぐらい抽象的な会話になってしまえば参加するのすら無理だ。


 だから、俺が他所のことを考えてしまうのは仕方がない。しょうがないことなのだ。


 それで考えていた他所のこととは何か?


 それは……パジャマって良くね? というとてつもなくくだらないことだ。


 フェチだとか、萌えだとか、趣味だとか、そういう細かいことはどうでもいい。好きか嫌いかでモノを語れ。


 そう言われると、女の子の寝巻き姿、パジャマ姿はグッとくるものがある。するかしないかで言えば、する。何とは言わないが、する。


 しかし、以前にシャルと同室で寝たことがあったが、“グッとこなかったのか?”という話になる。単的に言おう。


 あいつはダメだ。色気がねぇ。


 寝巻き姿でもローブなのだ。理解が出来なかった。


 思わず「それ、外着じゃないのか?」と聞いてしまったぐらいだ。返ってきた言葉も「大丈夫です。部屋着用です」だったのだ。


 何が大丈夫だ。自分が女の子だと自尊心ぐらい持って装いを気にした方がいい。


 とは言ったものの、俺はこの世界の寝巻きをきちんと知らない。


 俺はTシャツに短パンで寝てるし、父親も同じ感じだった。母親は前世のパジャマっぽい格好で眠っていたが、ジェラピケみたいなパジャマではなかった。


 フリフリやヒラヒラしていたり、フワフワやワサワサとしていないパジャマなのだ。


 シャルとアリアは俺と歳はそう変わらないだろう。年頃の女の子が着るパジャマとはなんなのだろうか。


 それに、ここにはいないが、少し年齢が上のカイリがどのような格好で寝ているのかも気になる。彼女も俺の紹介で同じ宿に泊まっている。


 “だから”とまでは結論づけたくはないが、知的好奇心は下心から。やまない思春期の鼓動をいつまでも。


 という免罪符を持ってして、夜にでも彼女たちの部屋に突撃してみてもいいだろう。あ、シャルさんの部屋には行かないっすけどね。



 ✳︎✳︎✳︎



 ギルドの酒場で解散して、二人はどこかへ出掛けたが、俺は宿に一人で戻り、夜になるのを待った。


 日も暮れて、夕飯と風呂を外で済ませると宿に帰ってきて、部屋でくつろぐ。


 この世界の宿は至ってシンプルだ。部屋は一室だけしかなく、ベッドとクローゼットが置かれているだけだ。


 トイレと水道は共同で用意されており、風呂は完備されていない。水浴びならば宿の外で行うことはできるが、風呂屋が閉まってなければ、あまり行わない。


 トイレや水道と言われると前世ではシステム的な仕組みがあったが、この世界のトイレや水道には魔法を取り込んだ魔道具が使われている。


 よくわからないがトイレや水道として動く、という点では前世と変わらないだろう。


 この世界には前世に似たようなモノが魔道具を使って再現されている。お風呂の給湯器も魔道具が使われている。


 そういったところはファンタジー色があって、魔法を勉強している時は楽しかった。


 魔法には才能がある。


 得意な魔法。苦手な魔法。魔力量。魔力制御力。魔力変換速度。……その他諸々がある。


 手先が器用かどうか。足が速いかどうか。そういった才能と同じである。


 魔法は楽しいが、とても難しい。


 そう感じて苦痛になって、やめたくなって、何も感じなくなって、なんとなく今になってしまった。


「結局、冒険者で食べるには魔法は使えると楽なんだよなぁ」


 橙色の光が包む部屋の中で一人で大きくため息を吐いた。


 特に聞かれているわけでもないのに独り言とは寂しいかもしれない。


「おおっといけない。そろそろパジャマタイムだ」


 真面目なことを考えていたが、すぐにその義務感に気がついた。


 よくよく考えてみれば行おうとしていることは“夜這い”に近いのではないか、と思ったが、こちらには大義がある。


 知的好奇心は無限大。


 では、まずはアリアのところへ向かおう。



 ✳︎✳︎✳︎



 アリアの部屋の前までやってくる。この時間帯ならば寝る準備をしているだろう。それにアリアに話しかける話題も用意してきた。


 俺は表情には出さずに、あくまでクールにドアをノックした。


「アリアー。ちょっといいかー?」


 そう言って話しかけるとドアの向こうから人の動く気配がしてきて、ドアが空いた。


「なにー、ユウリ。もう寝るところだっんだけど」


 眠たげに目を擦りながら、白髪赤眼の女の子は出てきた。


 格好はフリフリがついた白のパジャマだ。首元は苦しくないようにゆったりとしていて、裾は長く広がっている。そこから伸びるのは白いズボンで足先が冷えないような重装備になっている。


 首元はともかく、守備は完璧だな。


「なんか視線がいやらしいんだけど」

「べ、別にいやらしくねぇよ!」


 舐めるようには見たが、いやらしく見たつもりはない。これも今後の経験のためだ。


「それでどうしたのさー」

「いやさ、クレアの住んでいる場所って、ここからどのくらいかかるんだ?」

「……王都の近くの村だから歩くと三週間ぐらいかな? でも、わざわざこんな時間に聞きに来なくてよくない?」


 眠いためか、アリアがじと目で俺を見てくる。何かを疑っているよりも、眠くて機嫌が良くないようだ。


「寝る前に気になることがあると寝れない性分なんだよ。悪いな、わざわざ寝る前に聞いて」


 俺がバツが悪そうに言えばアリアはじっと俺を見て息を吐いた。


「別にいいよー。でも……」


 そういったアリアは触角の髪の毛を左右に揺らして、直感めいたようにピンッと伸ばした。なんだ、そのアホ毛。生き物か?


「……ユウリのえっち」

「……は?」

「女の子の寝巻き姿を見に来たでしょ?」


 な・ぜ・バ・レ・た?


 え、そのアホ毛は俺の心でも覗いているのか? 心を受信するアンテナなのか?


「やっぱり、顔に出た。適当に言ったら当たった」

「てめ、騙しやがったな! 卑怯だぞ!」

「女の子の寝巻き姿に欲情しているユウリの方が卑怯じゃない?」

「卑怯じゃない。これは後学のためです」

「うーん。わけがわからない」


 アリアは不思議そうに首を傾げる。


「当たり前だ! 理屈じゃねぇ、本能だ!」

「その通り、本能だね。誇ることじゃないよ」


 自分の言っていることに納得したアリアを見て、俺も思わず納得してしまった。


 パジャマを見たい。それは理屈じゃない。本能だった。


 フェチだとか、萌えだとか、趣味だとか、そういうことを超えたモノ。好きか嫌いかで語る直感。


 フラストレーションとカタルシスが爆発した超新星のように煌めく魂の叫び。


「ありがとう、毎日。理性と本能には感謝するしかありません」

「ユウリって、たまにおかしなことしたり、言うよね」


 アリアはくすりと笑いながらそう言うが、俺にはどのことを指しているのかわからない。


「それで私の寝巻き姿は、どうなの?」


 アリアはニヤニヤとしながら俺に訊ねてくる。からかって辱めるつもりだろうが、俺には効かない。俺は素直に答える。


「可愛いね。フリフリが可愛いし、色が白なのもアリアの髪色によく似合っている。首元が緩いのとか最高です」

「……ごっ、ごほんっ。そんなに早口だとキモいかも」


 横を向いて咳き込むアリアが目を細めて俺を見た。


「キモくて悪かったな。最悪、パーティ解散でも構わないぜ」

「別にそこまで言ってないよ。……それより、パーティと呼ぶぐらいには、私とシャルを仲間だと思ってくれてたんだね」


 このままパーティ解散すれば俺が一人生活に戻って自堕落ができると思ったが、解散までアリアは思ってないようだ。


 少し嬉しそうなアリアを見ると妙に気持ちがソワソワして浮き立ってしまいそうだ。


「そういえば、もうシャルのところに行った?」

「ああ? なんでだ?」


 アリアが思い出したように訊ねてくる。わざわざシャルのところに行く用事なんてなかったと思うが、アリアは何故、訊ねてきたのだろう。


「え。だって、女の子の寝巻き姿を見て回ってるんでしょ?」

「俺が変態みたいな言い方だな」

「間違ってないでしょ?」

「間違ってない」


 変態って悪いことじゃない。だって、欲求という学びに対して真摯に向かい合っている男性だもん。つまりは変態って紳士。


「んで、なんでシャルなんだ?」

「えー、だって、シャルの寝巻き姿は可愛いよ?」


 何かを企むように楽しげに笑うアリアが俺に首を傾げた。


 え、何かのフラグがビンビンで嫌な予感しかしないんだけど。

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