第九部 正体

正体がバレた。きっと、この者は容赦なく市左衛門いちざえもんを殺すだろう。

バレないよう、苦無くないを取り出した。

「そんなに警戒しないで大丈夫ですよ。事情はだいたいわかりましたから。…娘を、殺さないでくれてありがとう」

何も言えなかった。

「…すみませんっ…!すみません……!」

言えたのは謝罪だけ。謝るだけでは済まないけれど、今の市左衛門にはこれだけしか言えなかった。

「手当をしてくださって、ありがとうございました。今後、もし、このようなことがあれば、私を探してください。…私が、あなたの娘さんを殺さなかったので、また別の者が娘さんの命を狙いにくるでしょう。ですから、いつでも呼んでください。私は、ここにいますので」

忍者は普通、居場所を教えたりはしない。

だが、今回は特別だ。謝礼も兼ねて。

(私は、これくらいしかできない。けれど、少しでも役に立てれば…)

居場所を教えるふみを返される覚悟はあった。

「ありがとうございます。どうやって、連絡したらいいのですか?」

受け取ってもらえたことに驚く。驚いて数秒開いてしまったが、連絡を取る方法を教えた。

「少し、難しいかもしれませんが、よろしいでしょうか…」

市左衛門が不安そうに聞く。すると

「ええ。かまいません」

と医者は優しい口調で言った。

「よかった…。それでは」

説明を始める。

「これは、五色米ごしきまいと言い、私たち忍者が連絡を取るときに使います」

ほう、と真剣そうに聞いてくれる。

「もし、危険なときになればこの巾着を家の前にぶら下げてください。バレないように」

市左衛門は巾着の中身を見せる。

「黄色の米を二個と、黄色と緑色。それから、紫色の米を三個で「危険」になります。一週間に一度、見に来ます」

忘れないよう、書き留めている。

「教えてくれてありがとうございます。これは薬です。何かあったときに使ってください。」

「…ありがとう…ございます。それでは、失礼いたします」

医者はにっこりと笑った。

門のところまで送ってくれる。

「ありがとうございました」

市左衛門は深く頭を下げて、礼を言った。

行こうとして振り向くと、会いたくてたまらなかった人がいた。

「…高本…将軍…?」


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