第八部 残酷な任務

市左衛門いちざえもんみなとはお互いを見つめた。

「何も…ありません」

大量の冷や汗が流れそうだ。

「市左衛門、そなたに任務を任せる」

市左衛門は身構えた。また人殺しか、と。

「なんなりと」

そう言うしかないのだ。もし、逆らったりでもしたら自分の首が飛ぶ。

それだけは避けなければならない。復讐のために。

「高本軍の土地の者を殺してほしい。簡単に言えば、脅しだ。かしこいそなたなら、わかるであろう?」

わかりたくない。そんなこと。だが、それは言えない。

(また…人殺しか…)

気が滅入る。それだけで済ましてはいけないのだろう。

命令は命令。やらなければならない。

高本将軍のところに帰るまであと僅か。

それまでに、いろいろな情報を手に入れなければならない。

「御意…」


市左衛門は塀を越えた。

赤月将軍と話してしばらく経つ。

(殺したくない…。こんな小さな幼子おさなごを…。できるだけ…)

無意識に苦無くないを取り出した。

「お兄さん、だれ?」

と聞いてくる。

(聞くな…。そんなこと…。殺されるぞ…)

言葉にはできない。言葉にしようとすると、喉の奥に突っかかる。

「お兄さん、怪我してる…。そうだ!お父さんのところ、行こう?」

幾つだろう。怖くはないのだろうか。

だが、殺さなくてよかった。

(殺されるべきではない。少なくとも、幼子は…)

「お父さんがね?お医者さんをしてるの」

自分は診てもらう資格がないと自覚した。この子を、殺そうとしたのだから。

「…いい。これくらい、すぐ治る」

「だめだよ!ついてきて!」

幼子に手を引っ張られている。少しだけ恥ずかしいが、その手はとても暖かかった。

「君…幾つ?」

ついに聞いてしまった。

「今年で八つ!お兄さんは?」

「…十八」

「そうなんだ。…ついたよ!」

足がガクガクと震える。また軽蔑された目で見られるのではないかと。

「お父さん、げがしてる人連れてきた」

愛らしく言うが、状況は把握しているらしく、どこか切なそうな表情をしている。

「そうか。ありがとう。その人はどこかな?」

逃げ出そうとしたが、もう遅かった。

「待ってください。怪我をしていると、娘から聞きました。放置しておくのはよくない」

優しい口調に心が揺さぶる。揺さぶられてはいけないのに。

「しかし…私は、あなたに診ていただく資格などない…!」

娘を殺そうとした者を恨むだろう。当然のことだ。

「診せてください。お金は取りません」

首を横に振ったが「どうか、診せて」、とその者は言う。

「…では、お願いします」

負けてしまった。

その後、治療室らしき部屋に連れて行かれた。

「…うっ…」

消毒された。かなり酷い怪我らしい。

「あなたは、赤月将軍の忍者?」

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