第七部 間諜

 (赤月軍の者は馬鹿だ。)

任務を終え、用意されている自室に戻る。

いや、馬鹿の方が利用できる。

「戻ったみたいだな」

柱にもたれているこの少し偉そうな人は、同室の椎名 市左衛門しいな いちざえもんだ。

「…ただいま」

「お帰り。桜木さくらぎ家のお嬢さまを、殺してはいないだろうな?」

周囲に人がいないかを確認してから話す。

「ああ。殺してはいない。半殺しにもしていない。逃してやった」

「そうか…。バレないといいが…」

みなとたちは高本たかもと将軍の間諜だ。

高本将軍の者だとわかったから、殺さなかった。高本将軍の者ではなかったら殺していただろう。

「何をこそこそと話している」

この者は赤月軍の忍者のひとり、半田 諭吉たんだ ゆきちだ。

赤月軍の忍者を束ねている。

「いえ、何も」

一応、敬語を使わなければならない。

湊と市左衛門は諭吉を軽く睨んだ。

「なんだ?先輩に向かってその態度は!」

「…お前は、お前は…人殺ししかできないのかっ!!無実な人たちを、なぜ殺す!なぜ私の父さんと、母さんを殺した!!」

市左衛門はこいつに両親を殺された。

(俺は…兄弟を全員殺された…)

復讐のために間諜、という危険な仕事をしているのだ。

「何を馬鹿なことを言っている。私たちは忍者だ。命令された通りに動くしかない」

「そうか…。命令か…」

湊が市左衛門を止める。これ以上言えば自分の身が危うくなるから。

「もうやめろ、市左衛門!将軍に見つかったら殺されるぞ!!」

喪うのはもういやだ。もう見たくない。

だが、忍者である限りそれは続く。

市左衛門は湊の気持ちを察してくれたみたいだ。

「そうだよな…。私が死ねば、復讐はできない。復讐を果たしたところで、父さんと母さんは戻ってこない…!…ごめん、湊…。頭を…冷やしてくる…」

「市左衛門…」

途切れ途切れの市左衛門の声。

心配になって市左衛門を追いかけようとしたら、赤月将軍に見つかってしまった。

「何を騒いでいる。忍者たちよ」

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