第六部 危機

|ー犬の刻(現在の十時)ー

綾華あやかは密書を届ける、という重大な役目を与えられた。

(城まで行けばなんとかなる)

それは甘い考えだった。

味方の軍の城の周りには、敵の軍の者がうろうろしている。

(あそこを突破しないと行けないってわけね)

足音を立てないようにして歩く。

そして次の瞬間、何者かに見つかった。

「誰?!」

「女か?女がなんの用だ」

おそらく、赤月軍の忍者だ。

(まずい。ここままだと殺される)

なんの役にも立てずに死ぬことだけは絶対にいやだ。

そう思い、綾華は苦無くないを取り出した。

「待った。まだ何も言っていない」

瞬時に動きを止められる。

「俺の名前は二階堂 にかいどう みなと。君の名前は?」

名前を聞かれたが、答えるつもりはない。

「なんで名前を教えないといけないの?」

「なんでも。それで、名前は?」

名前ばかり聞いてくる。

「…言わない」

「なら、殺してやろう」

これは脅しだ。そう確信した。

「あなたの将軍にそう命令されているの?」

「いや。将軍には命令されていない」

罠だ。これは罠だ。

「君を助けてあげる」

「助けなどいらない」

早く行きたいのに行けない。厄介者に捕まってしまった。

気絶させようとしたが、それも止められる。

もはや、命の危機だ。

「ねえ、教えてよ。将軍には絶対言わない」

「…綾華」

姓は言わない。誰かバレてしまうから。

「綾華…。いい名だ」

「湊って呼んでいいよ。密書を届けに来たんでしょ?大丈夫。それも将軍に言わないからさ。せっかく来たのに行かないなんてもったいないでしょ。ここは鍛えるのにちょうどいい。赤月将軍の忍者がちらほらいるからね」

指揮官役である、わたるになんて説明しよう。

「そうなの。教えてくれてどうも」

「いいえ。俺は、人殺しなんてしたくないだけ」

不思議で仕方ない。赤月軍の忍者に、このような者がいることが。

「あまりいい気分ではないでしょう。…人殺しは」

「…うん」

湊に案内された。

「案内してくれてありがとう」

「成すべきことをしたまで。そうだ、また会える?…合戦のときに会えるかな?」

「さあ…。でも、君にはまた会いたいよ」

「嬉しいな。じゃあ、またね」

不思議な少年(?)だった。

また会えることを祈る。

このことのお礼を言いたいから。

合戦のときに会えるだろうか。

(合戦じゃなくてもいい。あしたにでも会いたい…)

なんなのだろう。この感情は。

この感情が禁忌だということをあとから知ることになる。

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