<第十二話> トラウマ

訳が分からなかった。

路地の外にいきなり台風、そんなものじゃない。

ハリケーンがいきなり目の前に瞬間移動してきたように思われるほど巨大な風の渦が発生した。

狭い路地には凄まじい勢いで風が流れ込んでくる。

力んでいてもジリジリと後ろに追いやられる。

どこからか飛んできたレジ袋が宙を舞って旭の顔に飛んでくる。

鬱陶しい。


「おい!!!穏!!どうなってる!?」


体感1,2分たった頃だろうか。

ようやく風が弱まってきた。

路地を出ていた穏が気がかりで、走って光の方向へ走る。


「あ゛……?」


言葉を失った。


道路と歩道を分けるパイプの柵はひん曲がり、タイルは地盤沈下でもしたようにヒビ割れ形は歪。


そして1番凄惨な状況を作り出している“それ”は真っ赤に水溜りを築いている。


「おい……冗談だ……」

「穏!!!!!!一体……お前……腕は!?」



歩道脇にある茶色い箱地上機器にもたれるように、穏が天を仰いでいた。

左腕を抑えているが右手で覆っているのは肩より少し下、明らかに場所がおかしい。


「逃……げろ……旭」


「お前……腕……!!!」


「前を」

「見ろ」


振り絞るようなくぐもった声に緊迫する。

こんな声は聞いたことがない。



俺は━━━



「切断せし空風:一殺那」



一瞬だった。


建物のシャッターに叩きつけられ、脳震盪を感じながらこの感覚を旭は思い出す。


ほっとんど覚えてねぇけど、この一瞬すぎて痛みが来ねぇ感じ懐かしいな。

あんなの受けてぶっ飛ぶだけで済むかよ……。


身体は見る気がしなかった。

ただ、立ち上がれない。

そんな気がした。


トラックに轢かれる2倍はヤッベェ気がする。

転生前に派手にぶっ飛ばされた俺が言うんだから間違いない。

言ってる場合か。


待……


ぼやけた視界でも確かにわかった。

魔術師の男は右手を自分の方に向けて口を開けた。


「食らうは命根」


最初は視界が歪んで二重に魔術師が見えているものだと思っていた。

だが明らかに動く影は視界の端で微かに力強く歩を進めている。



魔術師と重なるように。



「穏……?」


自分の前に立ちはだかるように穏が手を広げた。

左腕はやはり途中から見えなかった。

止血のために締め上げた制服のベルトが垂れ下がっている。


「待…って……くれ!!!!!」


穏は振り向かない。


「:勁風」




この夢の演出家は天才か否か。


まるでアニメのワンシーンのように旭の目には映った。


旭に魔術が届くことは無かった。


死を実感しなかったから安心した?

そういう意味ではないと思う。


ただ、言語化できない美しさがあるように思われた。

ひとつの命が散るその瞬間の物語を。


だからアニメを連想したのだろう。


天才だ。


…………



騙されるな。

違う。

この美しさは夢が創り出したんじゃない。

美しいのは神谷穏という大切な友人で、夢なんかじゃない。

醜いのは、この俺と俺自身が作り上げたこの"夢"だ。


自分より先んじて死んだ大切な人間がいる。


ただ


目の前の1人の


この世界で初めての友人が



確かに消えていったのを感じた。



それなのにまるで自分だけが許されたように。

共に死ぬことも叶わなかった。



これが美しいのか?

命を賭して守られなけれならない能力者など

クソだ。


否だ。




せめて俺も殺せ……






リリリリリリリリリリリリリ




「……」




目覚ましの音がする。

しかしそれは意識外にある音であり、本来うるさいはずの電子音は全くと言っていいほど脳内に届かない。

天井を、虚空を、絶望を

見ていた。


大量の汗が頬を伝っても感覚が丸ごと消え失せたように気にもとめない。


目は虚ろに焦点が定まることはない。


ただ、永遠とそこに死体になったように朽ちていた。


――――――――――――




「神谷、希月来てないんだけど、なんか聞いてないか?」


「……いえ……特に聞いてないです」


「そうか。もし来たら職員室寄るように言っといてくれ」


「わかりました……」


「……」


朝登校時に教室の空席を見つけた時から心がざわついていた。

旭が来るのはいつも結構ギリギリだったりするのでホームルームが終わるまでは大人しく待っていたが、どうやら様子がおかしい。


あいつ……なんかあったのか……

放課後すぐにでも旭のところに……


いや━━━


首筋に嫌な寒さを感じる。

昨日の話を聞いたあとでは、ただ事じゃないように感じられて仕方ない。

そもそも夢がどれほど影響を及ぼすのか。

自分たちは疎か、本人でさえよくわかっていないようだった。

放課後まで待つなど到底できない。


気づけば席を立ち隣のクラス、篠崎由香のいる席の前に立っていた。


「丁度私が行こうと思ってた所ですよ」


画面から目線を上げて、彼女はそう口にした。


「あいつの寮は知ってる。行くぞ」


「今です!?ちょ、ちょっと待ってください!!まだ早退の連絡も……」


「羽衣花に頼んでおいた。心配ない」


彼女の腕を掴むと半ば強引に連れ出す。


「もー……いい加減なんですから……」


むくれながらも大人しく連れ去られる由香は今になるまで、想定していたあらゆる事態の整理を余儀なくされた。


「朝の連絡の返信は?」


「まだ無い」


「家の合鍵は?」


「そんなん無い。居たら開けてもらうし居なければ開かない」


「そんないい加減な……」


「いい加減でもなんでも、行くしかないだろ?あいつになんかあってみろ……」


「いいですよ、こんなこと言っておいてあれですけど、私も心配ですから……」


「ちょっと走るぞ、インドアにはキツイかもしれないが頑張ってついてこいよ」



「バカにしてます……?」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る