<第十話>暗影捕食

暗い

最初に思うことはただそれだけだった。

しかしそこから10秒と経たずあらゆる感情、記憶が呼び起こされる。

能力魔術師大通り雨夢血戦復讎神谷穏自室炒飯傘羽衣花生存傷魔術体術不意打ち情報詠唱前後左右死


カッハァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛


この暗闇に包まれると、不思議とあの心臓に穴が空いたあの痛みと恐怖が蘇る。

呼び起こされたトラウマと記憶で脳が焼き切れるような思いの中視界は次第に晴れる。


下を向けば相変わらず、VRゲームでもしているかのように自動で動く自分の脚が見える。

あと数秒で自分の体に意識が移ることを知っている。

問題はこの後だ。

隣に羽衣花がいない事だけをただただ祈る。

俺の仮説が正しければ現実で羽衣花と帰宅しないよう根回しをすれば夢にも反映されるはずである。



止まった。


自分の体と意識が一体化した時、旭の戦いは始まる。


まず右を確認する。


あぁ良かった……

ホントに良かった……


隣に羽衣花はいなかった。

強引な策ではあったがこれで彼女は死の運命から逃れられたのだ。

この時点でもう旭は目的の9割を果たした気分だった。


「この辺だよな?」


「あ?」


聞き慣れた声

声のする方━

左を向けばさも当然のように神谷穏がいる。


「お前ッ!なんでここにいんだよ!?」


「何でって……お前を強くするよりも俺が来た方が手っ取り早いだろ」


「いやそんな話何も……」


旭は昨日のことを思い出した。


思い当たる節がない。

部屋を出る時に言いかけたことだろうか。


「お前……何してるかわかって……」


「くるぞ」


その一言で全身に戦慄が走る。


すうを是として攻と成す:飄風ヒョウフウ


今度は上か!?!!?!?

詠唱は最後の方しか聞こえなかったが確かに真上から声が聞こえた。

上をむくと魔術師がビルの上から飛び降りて攻撃してきているのが見えた。

フードが風で煽られ顔が少し出ていた。

男だった。

それも若く20歳前後にしか見えない。



「旭!!!動くな!!!」


暗影捕食シャドウクレイヴ


穏が能力を使ったことだけはわかった。

しかし、それ以外の情報がその場から全て消え去った。

自分の周りが目の前数cm先も見えない程に漆黒に包まれたのだ。

暗闇に包まれ圧倒していると、不意に右手首が掴まれ、引っ張れた。

その瞬間背後に上からの凄まじい旋風を感じた。

魔術師の攻撃だろう。

風で制服が激しくなびく。

背後では砲弾でも直撃してるかの如く、道路が破裂する轟音が響く。

長く暗闇を走っていると音が遠のいた。

全て避けきったあとも、穏は手を離さない。

大人しく手を引かれていると急に辺りが光に包まれた。


「まッッッぶしッ!!!」


思わず腕で目を隠す。

隙間から見えた景色は先程の場所から少し進んだ歩道だった。


「な、穏あの能力ってなんだ?」


それなりに走ったので息が荒い。

呼吸を整えられるように早歩きしながら会話する。

後ろを振り返ると高さビル2階分に相当する巨大な真っ黒い空間が出来ていた。


「俺は光度を操る能力がある。つっても暗い方限定だが、暗闇にいる間は俺は暗闇を保存出来る」


「暗闇を保存??」


「そして保存した暗闇は、光源からその周囲数メートルの範囲で使うことが出来る」


「光源?太陽みたいなもんか?」


「太陽はあぁ見えて光源は小っせぇんだ。あの範囲は無理だよ。もっと身近なもんあんだろ。懐中電灯でも何でも。そういうのだ」


「なんかムジィな」


「ついでにこの能力、特性付きだ。(探求者の宝)っつんだが、保存した影を光源を用いて、漆黒物質を生み出せる。俺が理解している限りでは漆黒物質は棘、剣、盾のどれかに形を変えられる。この前お前の手を切った短剣あっただろ……」


この前……

いや昨日だけど、

それより……


「お前特性持ってたのか!?」


穏と知り合って一年は経つが能力についてはほとんど知らなかった事を実感する。

特性は持って生まれるだけで、親族皆大喜びするくらいには珍しい。

確率で言えば千人だか、一万に一人とかだった気がする。

特性は能力に新しい価値を生み出す。

同じ能力でも特性のある無しで、全く別物になる。

穏の能力なら、通常影を保存し、使うに留まるが彼の特性はその影で新しい武器を作れるということ。

特性=もう1つの能力と言っても過言ではない。


「旭、こっちに行こう」


しばらく歩くと左手に細い路地があった。


「あ、あぁ」


この道はなんだか危ない予感がする。

立ち止まりたかったが、穏はどんどん先に行ってしまう。


思い出した


この道、昨日の夢で追い込まれ入った細い路地裏。

暗闇を進んだせいで方向感覚が掴めず早く気づけなかった。

この先はー


全く同じ場所だった。

数メートル先右と直進で分岐している。


「穏!!!!!右はダメだ!!!!」


思っていたより声が出たらしい。

穏は肩をビクつかせ振り向いた。


「理由は?」


「幻覚だ。原理は分からない。でも俺はそこに追い込まれて死んだ」


「ならこんなとこさっさと……」


激しい衝突音のようなものが聞こえた。

右を見れば路地裏の入口に隕石でも落ちたようなクレーターができている。


「思ったより早い……バレたな……」

「仕方ない直進するぞ」


2人で真っ直ぐ走り出す。

この先は何があるか分からない。

元々大した情報があった訳では無いが。


ようやく路地裏から出ようとした時だった。


穏が先頭で残り数歩と見られる地点に右足で踏んだその時


景色が変わった。

まただ。

右を曲がった昨日の夢と同じ。


目の前は行き止まり。

そして目の前にあのフードの魔術師が現れた。

さも初めからそこにいて、自分たちがそこに突っ込んだかのような、違和感があった。


神速神眼ラピッドムーブ


自分の左側を高速で何かが横切った。

魔術師の攻撃かと思ったが、違った。

左斜め後方に瞬間的に引いた穏が慣性を抑えきれず片手を地面に着けている。


「切断せし空風:一殺那」


右手は俺の方に向いていた。


「避けろ!!!!!!」


体が強張って動かない。

なんだか変な感覚だ。

体感時間がゆっくりになっている。


現実より引き伸ばされた時間の中で、昨日の穏の言葉を思い出した。

自分は何時でも、きつい努力と時間を対価にしたアスリートと同等レベルの動きができる。

いや、それ以上に。


拍動補強カルディアフェア


瞬間的な速さで旭は左に、前転するように飛んで避けた。


ビルの壁がえぐれ、破片が頬に当たる。


「それでいい。旭」


神速神眼ラピッドムーブ


穏の手には真っ黒いナイフが握られていた。

先程に言っていた暗影捕食シャドウクレイヴの特性だろう。

手ぶらであっても戦場ですぐに武器を入手出来る能力というのはさぞ便利なことだろう。

こういう能力は重宝するだろうなぁ。

心底羨ましい……。

……。


なんでこんな他人事なんだ?


思い出した。

自分もその1人であったことを。


あれ……昨日はそれどころじゃなかったが、なんで傷ひとつないのに一昨日と同じように血戦復讎テールムブラッドでナイフを生成できたんだ?

自分の右手を広げて見る。

なんてことはない。

ただの右手だ。

でも自分はこの虚空に武器を生み出せる。


血戦復讎テールムブラッド


右手数センチ上に漂うようにナイフが生成された。


もしかして……

夢で負った傷でも相手に同じかそれ以上の傷を負わせるまで能力は持続するのか!?!?


この世界に来て数十年

ずっとこの能力について考えてきた。

強力なライフルや、火炎能力を手に入れるにしても、自分で被弾するか火傷を負わなければならない。

1度先に傷を負ってしまえばもはや武器など関係なく戦いどころではない。


実際ネットの掲示板でも同じ能力を持つネット民は、この能力を能力ガチャハズレ枠と見なしているし自称評論家のtier表では毎回最下位のeだかfだった。


自分も同意見だった。

痛覚を消したり感覚を鈍くする能力との併用などが提案されていたが、人間本来の感覚を消して良いことなどろくにない、なんてことを思ったものだ。


今ここでこの能力を再評価せざるを得ない。

無論痛いことなどごめんなのだが、現実世界の自分を傷つけず武器と能力を蓄えられるのならこの能力の可能性はぐっと上がる。

あと検証しなくてはいけないのは、夢でおった傷で得た武器は現実世界でも使えるのかということか。


でもやっぱり痛いのはイヤだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る