10話:


 マリーさんに討伐証明を提出し、報酬を得た後。



 俺たちは寝床にしている宿に戻ってきたのだが、ここで問題が発生した。




「……着の身着のままだったのは、やっぱり金がなかったからか」



「お恥ずかしながら……」



「ん、じゃあ一緒に泊まる?」




 マナの言葉にナギは一瞬顔を輝かせるが、しかしばつが悪そうに顔をそらした。




「私は、お二人に甘えている立場です。それがもっと甘えるだなんて……」



「……何か勘違いしている。この関係は利害が一致したから組んでいる。だから対等」



「でも……」



「でももへちまもない。泊まる。ただし一人部屋」



「おい待て、ここはマナとナギが泊まったほうが丸いだろ」



「……本当にそう思う?」




 マナは自分の胸……正確には宝石が埋まっているあたりに手を当てる。



 そうか、神造人間は人々から忌み嫌われる存在。それが露見すれば、この関係が悪化する。



 いや、悪化するだけならいい。



 そんなことは万が一にでもないとは思うが、ナギがマナの情報について触れ回った瞬間、俺たちはこの街でまともに暮らすことはできなくなるだろう。




「……一人でも大丈夫か、ナギ」



「え? あ、はい……」




 ナギはこちらを凄い目で見ていた。明らかに何かを勘違いしている目だ。



 言い訳は……無駄だな。何を言ってもそれを証明できない。これが悪魔の証明か。




「じゃあ、お金は私が払っておく。何かあったら呼ぶからよろしく」



「……はい。ありがとうございます、マナさん」



「ん」




 短く返事をすると、俺の手を取って部屋へと戻るマナ。



 扉を完全に閉じた後、何か魔法を発動して――ベッドへと腰かけた。




「これは何の魔法だ?」



遮音ノイズキャンセリング。無属性の魔法の一つ」



「そんなこともできるんだな。それで、そんな魔法を使った理由は?」



「――【反転】の取り扱いについて」




 反転。それは、マナに備わった”機能”だ。



 魔法やスキルではない、機能。それはこの世界における異質そのものだ。



 これを持っているという事は、この世界の存在とは違うモノ……つまり、神造人間であるという証拠でもある。




「ナギに打ち明けるかどうか、ってところか」



「ん。でも打ち明けるなら、完全に取り込まないとダメ」



「ナギから情報が漏れることを気にしてるのか?」




 俺の問いかけに、マナは首を横に振った。




「ナギ本人にその意思はない。それに、それをするメリットがない」



「ふむ」



「”試練”を踏破するには、明らかに彼女だけでは実力が不足している。それに私と……ソラを敵に回すのは、彼女だって避けたいことのはず」



「目的がある以上はってことか」



「そう。だから、心配しているのは……もっと別のこと」




 神妙な面持ち……なのだろうか。とにかく真剣な表情を浮かべているマナ。



 だが、結構マナの表情を見てきた俺ならわかる。わかった気がしている。



 マナは……怖いのだ。




「――ナギのこと、気に入ったのか?」



「……。ん」



「なるほど、実利とかそういうんじゃなくて、マナはただ――嫌われたくないのか」




 マナは押し黙る。だがそれは、それこそがマナの意思だと認めているようなものだった。



 俺はマナのことを嫌わない。俺はマナを拒絶しない。



 マナがそれを受け入れているのは、もちろん俺の言葉に納得したから、というのもあるだろう。



 だが俺の言葉をマナが信じたのは、使い魔とマスターという主従関係が存在したのが大きな要因にあることは間違いない。人はそう簡単に他人を信じることができない。



 ただ、ナギにはそれがない。純粋な対話。立場や要素なんかない、フラットな相手。




「ソラは、マナは私を拒むと思う……?」



「いや、それはないと思うぞ」



「ずいぶんと言い切る。何か理由があるの?」



「うーん、理由っていうか、これは何というか、そうなんじゃないかって経験則なんだけど」




 俺は思う。マナとナギは――似たものどうしなのだ、と。




「――ナギもマナも、誰かから疎まれてきた。苦しさを共有できる知人を、あの性格ナギがむげにするとは思えない、かな」



「苦しさを、共有……」



「マナは神造人間として、ナギは獣人として疎まれてきた。二人の間には、何かしら通じるものがあると思うんだ、俺は」



「そう、かな」



「だから、打ち明けても嫌われることはないと思う。ただ、タイミングは考えるべきだ」




 精神的につらい時、追い詰められているとき。そんなときに大きな秘密を打ち明けられると、心が疲れすぎてしまうんじゃないかと思う。



 ナギはついこの前まで奴隷として虐げられ、獣人として疎まれ……姉を亡くしている。



 だからナギがそれを乗り越えたときにようやく、初めて俺たちの真実を打ち明けることができると、俺は思う。




「……一理ある」



「だから、ナギが立ち直ってから、このことは話そう。それまで【反転】は封印で」



「ん、分かった」




 マナは頷いて、ベッドに倒れ込む。



 そしてもぞもぞと動いた後――小さく、ぼそりとつぶやいた。




「話、聞いてくれてありがとう」



「……どういたしまして」







「話は変わるけど」



「うわぁ! いきなり真顔になるな!」



「ソラがいたとこでゲットした装備、見せるって言った」




 そういえばそんなことを言ってたな。



 どんな装備があるか気になるし、一度見ておきたかったんだよな。



 それと、どこにそんなに装備をしまい込んでいるのかも気になっていた。




「よいしょ、と」



「それは?」



「魔法のカバン、と呼んでいる。無属性魔法の拡張エクステンドがかけられていて、中には家一軒くらいものを入れられる」



「なるほど、どうりで装備がどこにあるのかわからなかったわけだ」




 マナはそこらへんに武器を置き始めた。……が、そのすべてが黒っぽい感じで、まがまがしい。



 明らかに呪われていそうな感じだ。



 ……というか、持ち過ぎじゃないか?




「そんなに落ちてたんだ」



「ん。思ったよりも広かった」




 そうなのか……なんて思っていれば、武器を出し終えたらしい。




「これで全部」



「結構あったなぁ」



「ん。でも大体呪われてる」



「見た目からもう呪われてそうだったけど、マジで呪われてるのか」




 マナの話を聞いていると、余計に武器たちから黒いモヤのようなものが溢れているような気がしてならない。そんなことはないんだけどね。




「どれも性能は良い」



「……呪いの装備って性能いいからな」



「呪いの詳細がわかれば、使えるものもあるはず」



「呪いって、例えばどんな呪いとかあるんだ?」



「……ランダムでお腹を下す呪いから、装備した瞬間人を死に至らしめる呪いまで。ピンキリ」



「なんだその落差」




 ……まあ、腹を下すくらいで性能がいい武具を使えるなら素晴らしいことではある。



 そんな時、俺はふとマナを見た。



 そういえば、呪いの武器を出すときに、マナは素手で一度触っているはず。なのになぜ呪われないんだろう?




「呪いの武器って触れば呪われる武器なんだろ? なんでマナは呪われていないんだ?」



「ん、【反転】を手に流してるから」



「だから呪われてないのか。それって武器に流すことはできるのか?」



「できるけど、お勧めしない」



「ふむ……?」



「いきなり食欲が爆増して、破産寸前まで食べたことがある」



「なんか現実的すぎて嫌だな……」



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【魔法適正:マイナスSSS】の転生者、英雄譚に憧れる~世界最弱の魔法使いですが、美少女になつかれているし、本当は最強なので問題ありません おいぬ @daqen_admiral

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