9話:……いや、なんでかは俺もわからないけど。



 俺たちに気づいたのか、ギャギャギャと声を上げるゴブリンリーダー。



 その手に持っているのは、海賊が持っていそうな反りがきつい剣。カットラス的なアレだ。



 かなり切れ味が鋭そうだ。使い古されている形跡もないから、錆びているなんてこともない。




「俺が前に出る。ナギは魔法で援護してくれ」



「わかりましたっ」




 ナギが魔力をたぎらせるのを見て、俺は剣を構えながら地面を蹴った。



 俺の接近に気づいたゴブリンリーダーは叫びように声をあげながらも、カットラスを振り下ろしてくる。



 動きはかなり遅い。振り下ろされるカットラスをサイドステップで避けて前進。



 かなり勢いよく振り下ろして体制を崩したゴブリンリーダーの脇腹に、横薙ぎの一閃をお見舞いする。




「グギャギャギャギャ?!」



「……ボス、思ったよりも弱いな」



「ギャ……!」




 俺の言葉に怒ったのか、カットラスをぶん投げてくるゴブリンリーダー。



 避けてもいいが、避ければ攻めは継続できず一度仕切り直しになるだろう。



 それでは時間がかかりすぎる。




「――火炎球ファイアボール!」




 その時、横合いから火球が飛んできて、カットラスを弾き飛ばした。



 ナギのほうへサムズアップすると、ナギも不適に笑う。




「ナイスアシスト!」



「任せてください!」




 これで攻めを継続することができる。



 カットラスを失ったゴブリンリーダーと俺では、リーチがまるで違う。



 一方的に剣撃を浴びせれば、方々から血を流し始め……数分もしないうちにゴブリンリーダーはぐったりと肩を落とした。



 首筋ががら空きだ。




「首置いてけぇえええッ!」




 腕に魔力を集中して、骨ごとぶった切る!



 振り下ろした剣はゴブリンの首の骨を両断した……だけでなく、そのままゴブリンリーダーを真っ二つにした。



 ゴスッと重い音と感触がして、最後に何を斬ったかと思えば……ダンジョンの床に剣が深々と突き刺さっていた。




「……やりすぎ」



「力のかげんを覚えなきゃな……」



「でも。よくやった。ナギもナイスアシスト」



「ありがとうございます!」




 そんな時、ゴブリンリーダーの死体からポンと気が抜けるような音が聞こえた。



 そちらを見れば、そこには宝箱がポップしていた。




「宝箱ってポップするものなのか」



「ん。ボスを倒した後には必ず宝箱がポップする」



「そうなのか。……罠とかじゃないよな?」



「ボス部屋に出現した宝箱に罠があったという記録はない。記録は」



「なんでそこ繰り返すんだよ。それだと”記録に残ってないだけで実は罠がありますよ”って聞こえるだろ」



「その可能性も考慮するべきだ、という事じゃないですか?」




 ナギの言葉に、マナは頷いた。



 そして、軽く手をふるうと――氷のつぶてを宝箱へと発射した。



 命中するが特に反応はない。




「罠の類だったら、今の魔法で暴発してる」



「じゃあ安全ってことか」



「ん。開けてみる」




 マナに促されたので、宝箱を開きに行く俺とナギ。



 ……なんかちょっとドキドキするな。低階層だからあんまりおいしいドロップじゃないことは察しているけど、それでもなんかこう、ワクワクする!




「じゃあ、せーので開けるぞ……」



「はい……!」



「「せーの……っ!」」




 宝箱を開いたその先にあったのは……。




「……本?」



「こ、これは……スキルブック!」



「スキルブック……?」




 ナギが驚いて声を上げるが、俺はそれが何なのか知らない。



 マナへと視線を送れば、彼女は「珍しい」とつぶやいた。




「スキルブック。読めばスキルが身につく本。一回しか使えない、貴重品」



「そんなレアなものが落ちることがあるのか?」



「……聞いたことがないです。こんな低階層でスキルブックが出現したら、大騒ぎになりますよ」



「ナギの言う通り。私も聞いたことはない」



「そうなのか……。一体なんでこんなものがドロップしたんだろうな」




 本を持ち上げ、表紙を読んでみる。そこには【スキル:偵察】と書いてあった。




「でも、スキルブックは一長一短」



「一長一短?」



「ん。スキルブックから得られるスキルは、何かわからない」



「え、わからないの?」



「ん。だから、今もっているスキルと反対のスキルを手に入れたら、反発して対消滅する」



「そうなんです。表紙に書いてある文字が解読できれば、少しは違ってくるんですが……」



「……え、【スキル:偵察】って書いてあるんだけど、読めないの?」




 俺が読めるんだから、マナもナギも読めると思ったんだけど……。



 ひょっとして俺を揶揄っているのか、と思ったけれど、どうも違うらしい。本気で驚いている。




「……なんで読める?」



「いや、なんでかは俺もわからないけど」



「それ、大変なことじゃないですか……?」



「ん。スキルブックの内容が読めるのは、前代未聞」




 なるほど。……なるほど?



 転生特典で異世界の文字が読めるようになったぞ、くらいに思っていたけど、これひょっとしてかなりヤバい能力を持ってるんじゃ……。




「ソラさん、このことは黙っておきましょう」



「ん。同意」



「……そのほうがよさそうだな。黙っておくよ」




 さて、とんでもない隠しチートが分かったところで、俺には一つ浮かんだ疑問がある。




「……ちなみに、スキルって何?」




 そもそもスキルとはなんぞや、だ。






「スキルは、神が人類の発展のために編み出した指標のことだと言われています」



「指標?」



「はい。数値化されたスキルがあれば、適材適所、人間の向き不向きを把握しやすくなるだろうという思し召し……だとされています」



「なるほど。まぁ確かに向き不向きが分かればやりやすいよな」




 現代日本の職業適性診断の超精度高い版みたいなのができるってことか。そりゃ凄い。



 ナギやマナはどんなスキルを持っているんだろうか。あと俺も。




「じゃあスキルブックはどういう立ち位置なんだ?」



「曰く、試練を頑張った人へ、神が贈る祝福だそうです」



「……ちなみに、さっきから伝聞なのは何か理由が?」



「とある宗教が聖典として指定している書物に書かれていることを引用しているからですね」



 

 ナギは博識だなぁ、などと心の中で思う。




「じゃあ、このスキルブックは俺とナギへの祝福ってことか?」



「聖典通りに受け取れば、まぁそうなりますね」



「なるほどな。……じゃあこれはナギが使ってくれ」



「……いや、流石に受け取れません」




 固辞するナギだが、俺にとってこれはあまり必要とは思えないのだ。



 そこまで精度が高いわけじゃないが、生物の”意図”のようなものを俺は感じることができる。



 偵察なんてしなくても、俺は魔物の気配が大まかにわかる。




「俺には不要なものだから、ナギが受け取ってくれ。ナギが強くなれば”試練”のクリアも簡単になるしな」



「……ほんとうにいいんですか?」



「ああ。受け取ってくれ」




 じゃあ、とおずおずとスキルブックを受け取るナギ。



 その場で本の封を切れば、宙に文字が踊り――それがナギへと吸い込まれていった。




「……どうだ?」



「なんだか、気配を隠しやすくなったし、気配を感じやすくなった……気がします」



「気がします、か」



「ん。スキルは習熟しないと使い物にならない」



「なるほど。じゃあ今後の成長に期待って感じだな」




 俺の言葉にナギは頷いた。




「さて、そろそろいったん地上に戻るか」



「荷物もいっぱいいっぱい」



「そうですね、戻りましょうか」




 見れば、先ほど宝箱があった場所の近くに魔法陣が展開されている。



 ……そういえば、マナに聞きそびれていたことがあった。




「80階層の隠し部屋って、何があったんだ?」



「いろいろたくさん。地上に戻ったら見せる」




 確かに、結構ごろごろ転がってたからなぁ。



 しかしあの量をどうやって持ち帰ったのだろうか。俺もいたのに……。


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