8話:絶対に、取り戻します。
翌日。早速俺たちはナギとともにダンジョンへ潜っていた。
これから"試練"に挑むにあたって、ナギができることを確認する必要があったからだ。
「――はぁっ!」
中段から横なぎに振るわれた剣は、ゴブリンの腹を深く斬り裂いた。
だが死んではいない。最後の力を振り絞ってナギへと飛びかかるが……。
「炎よ!」
油断なく構えていたナギによる火魔法で撃ち落とされ、断末魔の声を上げるまもなく燃え落ちた。
ふう、と息を吐くナギに、俺たちは近寄って声をかけた。
「お疲れ、体はどうだ?」
「……治癒魔法というものはとても凄いですね。全く違和感なく動かせます」
「それなら良かった。戦いぶりも結構いい感じだ。誰かから教わったのか?」
俺が問えば、ナギは小さく笑みを浮かべた。ただ、その笑みはどことなく悲しくも見えた。
「……姉が、元冒険者だったんです」
「そう、なのか。ランクは?」
「銀級と聞いています」
銀級冒険者。冒険者の中ではエリートだとされている階級だ。場合によっては貴族の護衛などの名誉ある仕事を振られることもあるらしい。
そんな人物から教わったのなら、戦いの運び方が上手いのは当然か。
それにしても、なぜ銀級冒険者が奴隷に堕ちたのだろうか。身分はさておき、金もあれば武力もあるだろう。
……まぁ、無理に聞くことでもないか。ナギが話したいと思った時に聞けばいい。
「……そろそろ下へ向かう」
「そうだな、ナギの戦い方もわかったし、連携の練習がてら……10階層のボスでも倒しに行くか」
「ボスですか……。あの、大丈夫でしょうか……?」
「問題ない。元々ソラ1人でも倒せる相手」
マナの言葉に、なるほどと頷くナギ。
どうやらナギもマナ……というか"氷雪"のことは知っていたようで、マナの正体がそれだと知った時の顔と言ったら……。
ポカンとしていて面白かったが、それはさておこう。今ここで大事なのは、ナギの恐怖心を払拭することだ。
「怖いか?」
「……正直、怖くはあります」
「気持ちはわかる。実は、俺も少し怖い」
え、と声に出すナギ。そんなに驚かれるとは俺も思っていなかった。
そもそも、俺は冒険者歴3日目の初心者だ。戦いに慣れているかと言われれば確実にNOだし、不安がないかと言われれば、それもNOだ。
「……でも、その怖さを乗り越えて初めて、冒険者」
「マナの言う通りだと俺は思う。乗り越えなきゃいけないことは、早めに乗り越えるに限る」
「そう簡単に、乗り越えられるでしょうか……」
不安げに瞳を揺らすナギの肩に、マナが手を置いた。
「私の見立てでは、余裕。ナギが信じる、私を信じろ」
「……! もう、なんですかそれは……」
くすり、とダンジョンに入って初めてナギの笑みが漏れた。
緊張もあったんだろうけど、やっぱりどこか遠慮してる感じはしていた。どうせ一緒に”試練”に挑むのなら、硬い態度よりも柔らかい態度のほうがいい。
「ソラさん、なぜ笑っているのですか?」
「いや、そっちのほうが、なんというか……らしいな、と思って」
「らしい、ですか」
「ああ。何というか、ナギは笑ってたほうがナギらしいよ」
俺の言葉に、ナギは目を細めた。まるで、何かを懐かしむように。
「……そう、かもしれません。私は、いつも笑っていたような気がします」
心から笑ったのはいつぶりでしょうか、なんて言葉を吐くナギ。
奴隷として虐げられていた日々は、彼女を笑えなくしていたんだろうな。
「姉の形見、取り返そうな」
「――はい」
だが今の彼女は違う。笑ったり困ったりする一人の少女だ。それに……。
「絶対に、取り戻します」
感情の赴くままに凛々しい表情を浮かべるナギは、この場の誰よりも自由な少女でもあった。
■
「この先が10層のボス部屋か……」
「大きな扉ですね、一体どうやって作ったんでしょう……?」
巨人用と言われれば頷いてしまうほどに巨大な扉。それが10層のボス部屋に続く扉だった。
複雑だが美しいレリーフが彫られていて、その大きさにもかかわらず粗雑な印象を受けない。扉のひとかけらでも持ち帰ることができれば、芸術品として高い価値が付きそうなほどだ。
「扉って削れないのか?」
「昔試そうとした人がいた。でも武器が壊れてあきらめたらしい」
「異常な硬さしてるんだな。それもそうか」
「ん。ここは”試練”の場。無の神のおひざ元」
産業になってるから忘れがちだけど、実際は祭礼の場のようなものだからなぁ、ここ。
現代的に言うなら神社仏閣の拝殿みたいな感じ? 少なくともお遊び感覚で足を踏み入れる場所ではない。本来は。
「さて、そろそろ挑むか。ナギも準備はいいか?」
「はい、いつでもどうぞ」
「ん。がんばれ」
「――じゃあ挑みますか、ボスとやらに!」
ナギとマナが頷いたのを見て、俺は扉に手をかける。
俺の力ではビクともしなさそうな扉なのに、まるで暖簾を手で押しているかのようにスルッと扉が開いていく。
やがて扉を開き切れば、中の様子が見えてくる。
広場というたとえが一番当てはまる感じの場所だ。開けていて隠れるような場所はない。遮蔽物もないから、ボスを真っ向から対面することになる感じ。
ボスの姿を探せば……中央に黒いモヤのようなものが現れる。それがゆっくりと形をとって……体格の大きいゴブリンとなった。
「10層のボスは、ゴブリンリーダー。ゴブリンよりちょっと強い」
「でも、私たちなら」
「おう、敵なしって感じだな」
ゴブリンが多少強くなったところで、しょせんはゴブリンだ。
ナメすぎるのは良くないが、余裕をもって戦う事もまた肝要。
俺たちは剣を構え、ゴブリンリーダーとの戦いを開始したのだった――。
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