7話:俺はそんなすごいヒーローにはなれない。
翌日。俺たちは再びダンジョンに潜ろうとしていた。
昨日のクザソコなにがしとの戦いで身に着けた、部分的な身体強化をものにしたかったのもあるが……。
それよりも明確な理由が一つ。
「そろそろボスと戦ってみるべき」
という、マナからの鶴の一声があったからだ。
マナ曰く、今の強さなら30階層までなら余裕で攻略することができるとのことだ。
「正直低層で狩りをするメリットは薄いらしいからな」
「じゃあ、当面の目標は?」
「――30層。30層のボスを目標にしよう」
よし、とマナと二人で気合を入れなおした時だった。
ふと、迷宮の近くが騒々しいことに気が付いた。
「……お祭りでもやってんのか?」
野次馬根性が働いた俺は、マナの手を握ってそちらへと向かう。
近寄ればわかるが、迷宮の近くというか、もうほんと真横くらいが騒々しさの中心らしかった。
「人が多すぎて見えないな」
「だったら、屋根の上から見ればいい」
「……どうやって?」
「今のソラなら、私を抱えて屋根に乗れるはず」
「無茶ぶりだなぁ……」
などと思いながら、マナをお姫様抱っこして飛んでみる。
……一発で乗れました。
「ん」
「乗れちゃったな、なんか」
「だから言った。できないことは言わない」
心なしか得意そうなマナに、でもあなた一人でここ乗れましたよねと心の中で突っ込みを入れる。
と、その時。下のほうで一斉に盛り上がりが生まれる。
「さて、何が起こってるのかな」
覗き込んでみれば、そこには男女が武器を持って相対していた。
どうやら決闘騒ぎらしい。男のほうはかなり立派な装備を身に着けているが、フードを深めにかぶった女の子のほうはかなり貧相な印象を受ける。
戦い自体も男が有利に運んでいるらしい。女の子は傷だらけで今にも倒れそうだ。
「元奴隷の分際で、まさか俺に勝とうだなんて思ってないよな?」
「くっ……!」
苦し紛れに手から炎を出すが、しかし男はいとも簡単に切り払う。
そして女の子へと近づき、腹を思い切り蹴飛ばした。
「フン……二度とツラを見せるな、薄汚い獣人が」
完全に気絶しているらしい女の子へ吐き捨てて、男性はその場を後にする。
周囲にいた冒険者も、男性の発した言葉にそれぞれ嫌悪の表情を浮かべてその場を後にした。
「獣人だってよ」
「汚らわしい……」
「なんでこんなとこにいるんだよ」
そうして、周囲から人々がいなくなった後。
俺は屋根から降りて、女の子の容態を確認する。
「……ひどい怪我だな」
「ん。放っておけば、死ぬ」
「……なぁ、マナ」
「言わなくてもわかる。でも私には回復魔法……光の”適正”がない」
「じゃあ、俺がやるよ」
「ん。じゃあとりあえず、この子を運ぶ」
できるだけ傷を刺激しないように女の子を持ち上げ、俺たちが寝床にしている宿へ戻る。
宿の主人は傷だらけの少女を見て一瞬驚くが、しかしそれが獣人だとわかると苦い顔を浮かべた。
「いかに”氷雪”様だろうと、獣人を連れ込むことを許すことはできないぜ……」
「……わかった。中庭ならいい?」
「中庭なら……まぁ、いいでしょう」
もやもやとした気持ちを抱えながら、少女を中庭へと運ぶ。
この数分の間で容体が悪化したのか、苦し気に息を漏らす少女。
猶予はあまりないな。
「……マナ、頼む」
「ん。――【
この世界に来てから二回目の、反転。
全能感が溢れてきて、今なら何でもできるという無根拠の自信が体を満たす。
いつもなら、この根拠がない自信を少し危うく思うかもしれない。
けれど今は、むしろその自信をありがたく思う。これがなければ、俺はきっと治療に戸惑ってしまうだろうから。
「……光魔法は、祈り。何かを思い、誓願することが発動の鍵」
「祈り、誓願……」
願うのは、傷の回復。
誓うのは、ただ目の前の命を救うこと。
「かのものに安らぎと、祝福あらんことを。――
俺が魔法を唱えると、膨大な魔力が少女へと流れ込んでいく。
切り裂かれたところは肉が盛り上がり、殴打された痕からは血が引き、白く濁った片目はにわかに光を取り戻す。
「とても、すごい。これが全適正SSSの力……」
「マナありきの力だけどな」
そんな会話を交わしていると、ふと少女から小さく声が上がった。
「……ここ、は」
「大丈夫か?」
「わた、しは……ザイールさまに、斬られて……。――っ!」
少女は飛び起きて、腰に手を添わせる。
しかし、先ほどまでそこにあった剣はない。治療後にパニックになっては仕方がないと、マナが先んじて取り外していたのだ。
「落ち着いてくれ。俺たちは君に危害を加えるつもりはない」
「何故ッ……! 私は獣人です! 貴方たちに良くされるいわれなど――」
「――落ち着いて」
【反転】を解除したマナが、魔力の波動を放つ。
すると、その魔力の強さにがくぜんとしたのか、少女は腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
「……落ち着いた?」
「あ、あぁ……は、はい……」
「ならよかった」
「さて、傷はどうだ? 治療したが、痛むところはないか?」
そう言われて、少女は自身の傷がすべて癒えていることに気づいたらしい。
「治ってる……」
「ならよかった。特に違和感はないか?」
「ない、です」
「凄いな、光魔法」
「ん、すごい」
そんな会話を交わしていると、少女がふと何かを思い出したかのように――土下座してきた。
あまりの唐突さに面食らっていると、少女は頭を深く下げながら、叫ぶ。
「お願いしますっ……! ”試練”を……ダンジョンを踏破するお手伝いをしてください……っ!」
俺とマナは、思わず顔を見合わせた。
「……話を聞かせてくれないか?」
とにもかくにも、話を聞かない限りはテコでも動かなさそうだ。
頭を上げさせて、まずは服を着替えるように伝えてから――さて、どうしたものかとつぶやいた。
■
「私たちは、奴隷だったのです」
「奴隷……なるほど、あの男は元主人だってことか」
「はい。私たちは奴隷商人に捕まり、あの男に買われ、日々虐げられてきたのです」
ありがちといってしまえば、確かにありがちな話だ。
俺はこの世界について詳しくないけれど、こんなことが溢れていると確信ができる。
どの世界、どの世の中でも不幸せは溢れている。
「それで、なぜ君はあそこであの男と切り結んだんだ」
「私はつい先日、奴隷の身分から解放されたのです」
「奴隷の身分から解放って……そんなことあるのか?」
「はい。私は……とあるお貴族様のお目に留まり、恩赦で奴隷から解放されたのです」
なるほど、偶然通りかかった貴族が解放した、と。
……私たちから、私、か。
「しかし、解放されましたが、私の姉の忘れ形見があの男の屋敷に残ったままなのです」
「それを取り戻すために、”試練”の踏破が必要だと」
「はい。あの男は返す条件を”試練”の踏破だと言いました」
もっとも、私には無理難題だと思ってこの条件を吹っ掛けたのでしょうが……とこぼす少女。
俺も同意見だ。
少なくともあの男はクザソコより弱い。そんな男に負けるようでは、ダンジョンで死んでしまうのは想像に難くない。
「……ん。でも私たちが試練の手伝いをするメリットが、ない」
「それは……」
「私も、ソラも。試練に遊びで取り組んでいるわけじゃない。だから、手伝うならメリットが必要」
例えば戦力や資金などだ。だが、戦力も資金も俺達にはある。
……正確にいえば、俺たちではなく、マナにだが。
「……」
「答えられない? ならこの話はおしまい」
「……待っ!」
「治療費は請求しない。それはソラが勝手にやったことだから」
「――待ってください!」
少女は、強く、強くさけんだ。
その言葉の強さに、俺たちは彼女を見る。
そこで初めて、彼女のフードの中身を見た。
金色の髪の毛に、深い紅色。もともと端正だったであろう顔立ちは、今は悔しさと苦しさにまみれて見る影もない。
だが、目は死んでいなかった。
「メリットは、あります」
「……ん」
「あの男が持っている、私たちの荷物の中には……私たち妖狐族の秘宝があります。それを、お譲りします」
だから、と頭を下げる少女の姿を見て、俺は理解した。
この子は、確かに、真に助けを求めているんだと。
「名前を教えてくれ」
「……え?」
「名前を教えてくれ。固有名詞がないと、俺はバカだからコミュニケーションに困るんだ」
「――ナギ、ナギと申します」
「……ソラだ。こっちはマナ」
「ん」
俺は、無条件で手を差し出さない。俺はそんなすごいヒーローにはなれない。……今はまだ。
だから手を伸ばせる範囲で、手を掴んでくれる人を救いたい。
その意思があるなら、俺は救うことを厭いたくはない。
「俺と一緒に、強くなろう」
「――! はいっ……!」
■
「勝手に決めて、ごめんな」
「問題ない。それに、”試練”を攻略するには人手が必要だった」
「……ありがとう、マナ」
「でも、覚えてなきゃ、ダメ」
「……何を?」
「一応立場的には、私のほうが上」
「え、ちょ。待って、命令したよなこれ?! なんか勝手に体が、ああ! 頭撫でるくらいなら言ってくれたらやるのに――!」
「……」
「というか合意がないのはダメなんじゃないんですか?!」
「聞こえない――」
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