6話:合意のもとじゃないから、ダメ
ダンジョンに足を踏み入れた瞬間、違和感のようなものを感じて振りかえる。
だが、そこにはマナしかいない。
「……どうかした?」
「いや、何か違和感みたいなのがあって……」
「多分、無の神に見られてる」
え、神様に見られてるの?
「無の神は、他の神と違って、自分の存在を消そうとしない。ダンジョンに挑む人々を、観察することがある」
「しょっちゅうあることなのか?」
「……月に1回あるかないかくらい」
「結構頻繁に観察するんだな」
とはいえ見られてるだけならば特に問題はないだろう。
腰に佩びていた剣を抜き放ち、マナの前に出る。
今回の俺の役割は前衛だ。
というのも、余剰魔力が身体能力を上昇させているようで、それを見たマナが「前衛の経験を積んでみるのも一つの手」と提案したからだ。
今後マナと”試練”……ダンジョンに挑むにあたって、前衛を任される機会が多くなるというのも、一つの理由だろう。
「……出てきた」
「相手は……ゴブリン1体か」
「ん。でも油断はダメ」
「わかってるよ」
油断なんてできない。【反転】状態じゃない俺は、少し力が強い剣士でしかない。
「Grrr……」
「こうしてみると、結構生き物感強いな。ゲームだとそんなことなかったんだけどな」
「来る」
マナの声と同時に、ゴブリンがとびかかってきた。
振り上げた棍棒を勢いよくこちらに振り下ろしてくるが、これをバックステップで回避する。
よほどよけられたことが悔しいのか、ゴブリンは直線的にこちらに突っ込んでくる。
……なんとなくだけど、ゴブリンの意思が分かる。こいつは俺の頭をカチ割るつもりだ。
「せいっ……!」
少しだけ力を込めて、殺意の塊が飛んでくるほうへと剣を押し出す。
数秒もしないうちに、剣先から肉を絶つ不愉快な感触が伝わってきて。
剣を振り払えば、ゴブリンの喉を引き裂いた。
確認しなくても即死だとは分かるが、念のためにもう一度喉に剣を刺す。
……戦闘、終了だ。
「お疲れ様」
「ありがとう。……思ったよりも不快感はないな」
「魔物殺すの、初めて?」
「ああ。うまくいってよかったよ」
「うん、うまかった。……ゴブリンの殺意が、見えてた?」
「あー、なんかそれっぽいのは感じたな」
「ん。あれは意思が見えないと繰り出せない攻撃だった」
やりおるといわんばかりに拳を差し出すマナ。かちんと拳を合わせれば、マナはちょっとうれしそうに眉尻を下げた。
「こういうの、憧れてたりするのか?」
「……ん。ずっと一人で冒険者してたから」
「そうなのか。じゃあこれからはやりたいときにやれるな」
「ん!」
やっぱり結構表情豊かだよな、と思いつつ、俺は出現したゴブリンに相対する。
やっぱり意思が見えて、これも簡単に撃破する。
「とりあえず今日は、ゴブリン狩り」
マナの言葉もあって、今日はゴブリンを狩りまくった。
■
「……昨日の今日でこんなに狩られたんですか?」
「割とイケた」
冒険者ギルドにて、マリーさんに今日の戦果を提出する。
ゴブリンの討伐証明は右耳。あまりかさばらないのがとても良い。
とりあえず今日は日が暮れる前に帰ろうという事で20体ほどだったが、まだまだ余裕はあるので、突き詰めれば50体ほどは固い。
「その、疑うのは申し訳ないんですけど……まさか、”氷雪”様に手伝ってもらったとかではありませんよね?」
「……ない。途中から暇すぎて寝てたくらい」
「おい、初ダンジョンの人間がいるのに監督を放棄するな」
「ごめん。でも無事だった」
「……まぁ、”氷雪”様もソラ様も嘘をつかれているようには見えませんし」
「――おいおい、ずいぶんと甘いじゃねーか」
ヌッと現れたのは、初日に俺に絡んできたあの巨漢。
手は元通りになったようだった。まさかまた絡んでくるとは。
「おい、俺の素材の買取は拒否したくせに、そいつらのことは簡単に信じるんだなぁ?」
「……少なくともクザソコさんにあった、他者への脅迫の事実は彼らにはありませんので」
「あぁん?! 俺は少し『お願い』しただけだぜ?」
「お願いって、お前みたいな巨漢がお願いするタチかよ」
言ってしまってから、やってしまったと思った。
これ、喧嘩吹っ掛けてるようなものだ。
案の定クザソコなる男は起こりはじめ、背中に背負っていた大剣を抜きはらった。
「おいクソオス、構えろや」
「……なんでだよ。無駄に疲れたくないんだよ、こっちは」
「どうせそこの女におんぶにだっこで稼いだ金なんだろ? ダサすぎて屁が出ちまうぜ!」
そこで実際に屁をこかれると、ちょっとおもしろいからやめてほしい。
こんな芸人にかまってる暇なんてない、と帰るために準備をしようとしたその瞬間。
横合いからヤバい殺気が飛んできて、俺は思いっきり後方へ飛び跳ねた。
「……死にたい?」
「お、おいおい、ママがお怒りだぜ? やっぱりおんぶにだっこなんじゃねぇか」
「――黙れ」
ふわりと、マナの髪が広がった。魔力の波動が、周囲の風をざわめかせている。
膨大な魔力だ。少なくとも、このギルドにこの魔力を超えられる人間は……いや、この半分の魔力ですら、越えられる人間はいないだろう。
だが、ここまで言われてマナに手を出させるわけにはいかない。
それは、彼女の名前に傷がつく。
「マナ、落ち着いて」
「でも」
「大丈夫。……俺がやるよ」
「……。ん」
魔力の波動が、落ち着いた。
「おい、おいお前」
「あ、あぁ? なんだよ腰巾着。おとなしくママの後ろにいたらどうでちゅか? えぇ?」
「うるさいな、剣を抜けよ」
……自分でも、なんでか恐ろしく冷静だった。
当たれば絶対に死ぬような、大剣を前にして。
慢心とかじゃない。確かに俺は彼に負ける可能性も考えている。
だけど、これは確証があるわけではないが。あの剣に、あの男に、害されることはない気がしてならなかった。
「後悔しても知らねぇぞ!」
大剣を抜きはらった男を前にして、確信が強まっていく。
なら。
「来いよ、一撃は受けてやる」
”俺は死んでも死なないのだから”、試してみる価値はある。
「舐めやがって――!」
大上段に大剣を構えて、一気呵成にこちらに突っ込んでくる。
鋭い踏み込みで剣を振り下ろす。岩くらいは一撃で砕きそうなものだが……。
俺はそれを、素手で止めた。
「……やっぱり」
「な、なんだお前……!」
「こちらの体にも、こちらの強みがあるんだな」
俺はそのまま大剣を、握り砕いた。
周囲からどよめきが起こる。何が起きたのだと。
そんな中、マナだけが小さく頷いていた。彼女は何がどうなったかを理解しているらしかった。
「まだやる?」
「……くそっ!」
クザソコは途中何度も転びながら、ギルドの一口から逃げていく。
その後ろ姿を見送りながら、俺は受け止めた手のひらを見た。
……傷一つ、付いていなかった。
「ご、ご無事ですか……? 手で大剣を受け止めたように見えましたが」
「ああ、特にけがもない。……あと、これで俺がやったって証拠になった?」
「あ、え、ええ! では査定にかけますので、しばらくお待ちください」
マリーさんはドン引きしながらもプロの笑顔を浮かべながら、裏へと入っていく。
「……ん、すごい」
「別に俺がすごいわけじゃない。マナが気づかせてくれたんだ」
「私が?」
「ああ。最初ここに来たときに、手のひらだけを凍結させただろ?」
クザソコが俺たちに絡むようになった原因の一幕。
あの時俺は『部分的に魔力を集める』実例を見ていた。
だから俺も、魔力を手のひらに集めてみた。……魔力が高いと、体が頑丈になるとマリーが教えてくれたからだ。
その掌で、大剣を受け止めた。
「センスある。まさか【反転】しなくても強いとは思わなかった」
「これで前衛にはなれそうだな」
「ん、頼もしい」
と、俺とマナが会話していると、近くに冒険者たちが迫っていることに気が付いた。
いざとなれば腰の剣を抜いて、全員……と思っていたが、「あのっ」と声がかけられる。
「さっきのどうやったんですか?!」
「凄いな兄ちゃん、まさかあの大剣の一撃を素手で受け止めるだなんてよ!」
「アンタ冒険者ランクはいくつだよ? 俺たちと組まないか?!」
「ん……ソラは私のもの」
マナがけん制するが、しかし周囲の熱は冷めやらない。
やれどうやって体験を受け止めたのかだとか、やれなぜマナと一緒にいるのかなど、質問の雨が俺たちに降り注いでいた。
「おめでとうございます、ソラさん。この度の討伐の実績を鑑みて、あなたは鉄級冒険者に昇級です」
そんな折に、マリーのそんな一言が投げられたものだから。
「こいつ、銅級でアレなのか……」
などとつぶやかれ、またひと騒動を起こすことになった……。
■
「……お疲れ」
「先に帰るのはひどいな、マナ」
「でも、まんざらじゃなさそうだった」
「……まぁ、嫌だったといえばうそになるな」
実際、ああやって人に褒められるのは久しぶりのことだった。
別に承認欲求が強いわけじゃない。でも、誰かに褒められるのは……純粋にうれしい。
「でも、少し妬ける」
「……妬けるって、嫉妬するってことか?」
「ん。だって、ソラは私の使い魔なのに」
「……驚いた。結構独占欲強めなんだな、マナは」
「――だって、私が神造人間だって言っても、態度が変わらない人は初めて、だったから」
「……」
おそれ、うやまい、たてまつる。
人は理解が及ばないもの……マナを、そうして遠ざけたのかもしれない。
「だから、ソラを手放したくない。私にだって、感情はある」
「知ってるよ。結構表情豊かなのもな」
「……」
結構いじらしいことをいうやつなんだな、なんてことを思いながら、ふと思ったことを口走る。
「……そんなに手放したくないなら、いざという時は命令したらいいじゃないか。マナは俺のマスターで、俺はマナの使い魔だからな」
「………………ソラ」
「なんだ?」
「それは、合意のもとじゃないから、ダメ」
「律儀かよ」
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