5話:俺は異端中の異端ってこと?

「――私は、神造人間。かみさまに作られた、にんげんもどき」




 胸の赤い宝石が、まるで自身の存在を示すかのように光った。



 ……普通の人には、絶対に埋まっていないだろうそれが、声高に、マナは人間ではないと叫んでいる。




「ソラは、変だと思う?」



「……うーん。正直、別にって感じだ」




 俺の言葉に、マナは目を開いた。驚いたようだ。



 別に嘘とか誇張表現でもない。別に胸に宝石が埋まってようと、マナはマナだ。



 あと、俺は現代日本に生きていたオタク。胸に宝石が埋まっているだなんて、キャラの属性としてはメジャー寄りだ。それを忌避するようなことは、億が一つにでもない。



 まぁ違和感はあるけれど。




「えっと、ひょっとしてずっと何か言いたそうにしてたのってそれか?」



「……ん。使い魔になったからには、言わなきゃって思ってた」



「ギルドでも説明したそうにしてたもんな」




 人間に排されるとかなんとかのことだ。




「特にマナから言いたいことはあるか?」



「……ううん。ない、よ」



「じゃあ、俺から質問していいか?」




 マナが頷いたのを見て、質問に入る前に俺の着ていた上着を着せる。



 ちょっとオーバーサイズだが、今はそれくらいがちょうどいいだろう。



 ……流石に、マナほどの美少女が目の前で裸になっているのは、いろいろと問題がある。いろいろと。




「さっきマリーが言ってた【魔法適正:-SSS】って、そんなに珍しいのか?」



「珍しいなんてものじゃない。私でも聞いたことがないくらい」




 そもそも、とマナは指を10本立てた。




「魔法適正は、いままで10段階評価といわれてきた」



「10段階か。結構細かいんだな」



「ん。G~SSSで10段階。マイナスなんて存在しないとされている」



「……つまり、俺は異端中の異端ってことか?」



「ん」




 なるほど、だからマリーも驚いたのか。




「……じゃあ、そんな適性が低いのに、魔力量が多いのってつまり」



「持ち腐れ」




 ドストレートに、現実を突きつけられる。




「……と、言いたいところ」



「……と言いますと?」



「神造人間には、何かしらの目的をもって作られる」




 いきなり話が飛んだ気がするが、マナの言葉に耳を傾ける。



 必要のない話をするようなやつだとは思えない。




「私の場合は、”無の神”が【反転】の目的をもって作った神造人間」



「反転……何かを裏返すってことか」



「ん。だから、私は、私の望むものを【反転】させることができる」




 例えば私の適正についても、とマナは言う。




「私は【火・水・風・土・光・闇・無】の中だと、火と無の適性が高い」



「でも、ギルドだと氷を使ってたよな?」



「ん。氷は水から派生する魔術。水の適性がなければ使えない」



「……つまり、自分の魔法の適性を【反転】させた?」




 満足げに頷くマナ。どうやら正解だったようだ。




「……自分にまつわるものなら、いつでも【反転】することができる」



「今この話をするってことは、つまり」



「ん。さっき話したけど、ソラは私の使い魔。つまりソラは、私の魔力で生きている」




 それだけつぶやき、マナは目を閉じる。



 目を閉じたまま手だけをこちらに伸ばし、魔力を高める。




「――【反転インバーション】」




 何かの呪文を唱えた瞬間、俺の体に電流が走った。



 体の中から力が溢れてくる感触。今なら何でもできそうだという全能感。



 試しに指先から魔力を出せば、黄金色の光がともった。




「想像通り」



「これが……俺の力……?」



「半分そうで、半分ちがう」



「……どういうことだ?」




 マナは小さく息を吐き、指を振る。すると、先ほどまでの全能感が一気に掻き消えた。



 俺はこんなにちっぽけで弱い存在だったことを、あらためて思い知らされる。




「【反転インバーション】は、燃費が悪い」



「なるほど、だから半分違うのか」



「ん」




 タイムリミットが決まってる力だから、使いどころは慎重に選ぶ必要があるな。



 でも、さっきの力があれば俺は、俺の望んだものになれる気がする。




「マナ、改めて助けてくれてありがとな」



「ん。持ちつ持たれつ」



「持ちつ持たれつ?」



「うん。ソラには、私の目的に付き合ってもらう」




 そういえば、以前マナは”七神の試練”を受けると言っていた。




「俺で力になれるなら、いくらでも。助けてもらった恩があるしな」



「……うん。よろしくね、ソラ」




 マナが手を差し出してきたので、今度は迷いなく握る。



 もう俺に、マナへの恐怖や不安はない。



 俺は俺の目標のため、マナはマナの目的のため。



 お互いに協力することを決めた。




「……夜も遅い。もう寝る」



「そうだな、じゃあ俺はソファで……」



「……? ソラも一緒に、こっち」



「はぁ?! それは何というか、ダメだろ!」



「ダメじゃない」




 マナがベッドをぽんぽんと叩く。



 俺はそれを無視してソファに向かおうとするが……。




「”こっち”」



「――うお……!」




 体が勝手に、マナのほうへと動く。



 一種魔力が動いた気がしたが、まさか……!




「使い魔って、主人に服従するとか、そういう感じ……?」



「ん、当然。だから一緒に寝る」



「ぐおおおおおおお……!」



「おやすみ」




 待て、と声に出すけれど、そのときにはすでにマナは眠っていた。



 寝つき良すぎるだろ、なんだそれは!



 あと少し肌寒いからって俺に体を寄せてくるな、おい、おい!



 腕を抱きしめるな! 童貞には厳しい、厳しい……!




「……助けてくれ」




 腕に伝わるふにゅりとした感触とか、マナの涼やかな体温とか。



 そんな感覚を味わうどころではない俺は、たたただいるかも定かではない神様に祈った。







「冒険者は、クエストをこなすかダンジョンにもぐる必要がある」



「なるほど。俺たちがやるのは……」



「そう、ダンジョンにもぐること」




 眠れぬ夜が明け、俺たちはダンジョンの前に立っていた。



 ここは無の神が残した”試練”の場らしい。神聖な場所かと思いきや、かなり騒々しい。



 ダンジョンにもぐろうとする冒険者や、彼らを相手取る屋台のやかましいことやかましいこと。




「ダンジョンでとれる資源をギルドに売れば、儲かる」



「だからこんなに盛況なのか……」



「ん。だから私たちも、資源でお金を稼ぎつつ、ソラの冒険者ランクを上げる」



「冒険者ランクを上げる必要って、なんだ?」



「――水の神の”試練”に挑むには、最低でも鉄級冒険者になる必要がある」




 鉄は銅の一つ上。つまり今から一個ランクアップする必要があるというわけか。




「あと、もう一つ。このダンジョンを踏破するのも目的」



「どっちかというとそっちがメインの目標だな」



「ん。だから……がんばろー」



「そうだな、頑張るとするか」




 マナが手を差し出してきたので、俺はその手に自分の手を重ねる。



 そして手を打ち鳴らして、拳を軽くぶつける。




「じゃあ、初ダンジョンダイブ――行くとするか!」



「ん!」




 

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