3話:【魔法適正:-SSS】


「ついた。ここがアレイの街」




 森から30分ほど歩いた先にあったのは、かなり立派な壁に囲まれた街だった。



 この世界の基準はわからないけど、相当栄えているほうなんじゃないだろうか。



 ここに来るまでの道のりで、行商人っぽい馬車も結構見たし。





「って、門番いるけど大丈夫なのか?」



「なんで?」



「いや、だって俺身分証持ってないし。こういうのって身分証確認される奴じゃないの?」



「大丈夫」




 理由は話さないけど、マナは大丈夫の一点張りだった。



 何が大丈夫なのかわからないけれど、とにかく今はマナを信じるほかになかった。



 そうじゃないと俺は路頭に迷ってしまうので……。




「次!」




 門番の声とともに、俺とマナは前に出る。



 近くで見るとやっぱり恐ろしい。現代日本ではまず見ない、人を殺すための武器がそこにはある。



 鎧が与える重圧もこれまた結構恐ろしい。




「門を通りたい」



「ふむ。身分証は持っているか? 冒険者なら冒険者カードでもいいぞ」



「これ」




 マナは懐から金色のカードを取り出し、門番へ見せる。



 そのカードを見るなり、門番は顔を青くして頭を下げた。




「金級冒険者――! し、失礼しました!」



「問題ない。こっちは私の従者。入っていい?」



「もちろんでございます。どうぞお通りください!」




 先ほどまでの威圧がどこへやら、マナへペコペコと頭を下げながらも通してくれる。



 ……金級冒険者、それほどの存在なのか?




「早く行く」



「あ、ああ。ごめん」




 もしそうなら、俺は結構すごい人に拾ってもらった可能性があるよな……?



 真偽はわからない。とにかくあんまり失礼なことはしないように気を付けよう。








 マナに連れていかれたのは、周囲よりも一回り大きな建物だった。



 看板に吊り下げられている文字は読めないが……出入りしている人々を見れば、それがどういう施設なのかは明白だ。



 剣を佩びていたり、ローブを目深く被っていたり、身の丈ほどもある盾を背負っていたり――明らかに何かと戦う格好をした感じ。



 ここは俺たちオタクが憧れている場所のひとつ……!




「冒険者、ギルド……!」



「ソラ、入るよ」




 手を引かれるままに、冒険者ギルドの中へと足を踏み入れる。



 すると、まず目についたのはその人数の多さだ。街中にもそこそこの人物を集めている施設があったが、ここは別格に人が多い。


 

 そのすべてが武装していると思えば、少し恐ろしくもあるけれど……。




「ここでソラには、冒険者登録をしてもらう」



「冒険者登録?!」



「ん。初期費用は私が出す。代わりにそこで教えられた適正を、私に教えてほしい」



「いいのか……?」



「むしろこっちがお願いしてる。ダメ?」



「いや、ありがたいくらいだけど……」



「ウラがありそうで、心配?」




 マナの言葉に素直に頷く。



 なんでこんな良くしてくれるのだろう、と思ってしまうのは仕方のないことだ。



 だって俺は、この世界で一人ぼっちなのだから。嫌が応にでも警戒心が上がってしまう。



 俺の不安を感じ取ったのか、マナは掴んでいた手を離した。そしてこちらを見上げて、小さく頭を下げた。




「ちょっと強引だった。ごめんなさい」



「……ちょっと怖かったのは事実だから、次からは説明してくれると嬉しい」



「……ん。分かった」



「じゃあ、さっそく説明してもらっていい?」




 俺の言葉にマナは頷いて、指先に先ほどの青白い光をともした。



 小さいけど、力強さをそこに感じる光だ。




「ソラに興味を持ったのは、その魔力量が理由」



「魔力量? 俺の魔力量が、どうかしたのか?」



「うん。とても多い。今まで見たことがないくらい、多い」



「そうなのか……。でも、じゃあ余計に魔法陣が起動しなかった理由がわからなくなるよな」



「ん。それも気になってた。だから、ソラの適正について教えてほしかった」




 なるほど。そういう意図があったのか。



 理由が分かれば不安も薄れるものだ。




「ソラは……冒険者登録、したくない?」



「いいや、むしろ受けたいくらいだ」



「……! じゃあ」



「ああ。受けさせてもらえると嬉しい」




 俺がそういえば、マナの瞳がわずかにきらきらと輝いた。



 ……表情は変わらないと思っていたけど、こうしてよくよく観察したら結構動いているんだな、と思った。



 見た目も綺麗だから人形なんじゃないかと思ったけど、ちょっと感情が表に出にくい女の子って感じだ。




「おーおー、入り口でイチャコラしてんじゃねぇよ、あぁん?」




 唐突に声をかけられ振り返れば、そこには巨大な剣を背中に背負った強面が立っていた。



 いかにも荒事に慣れてますって感じの雰囲気だ。




「……何?」



「何? って、ここは子供のくるところじゃないでちゅよ~。分かったらとっとと帰ってママのオッパイでも吸ってな!」



「……。子供じゃ、ない」



「どう見てもガキじゃねぇか! おら、どけや!」




 マナへと手を伸ばす強面。その瞬間だった、マナから一瞬何かが溢れて――強面の伸ばした手が凍り付いた。




「……あーあ、”氷雪”に手を出すから」



「”氷雪”に手を出すとか、モグリか?」



「冒険者を見た目で判断するとか、ダッサ~……」




 方々からそんな声が聞こえてきた。”氷雪”って……マナのことなのか?



 見る感じ、ギルドの冒険者の大半はマナのことを知っているらしかった。



 これほどの巨漢を倒しても、特に驚きとかそういうのがないのは、大体の人がこの結末を察していたからだろう。




「あと、これだけは言う」




 手の感覚が消えて、喚き散らす巨漢を見下しながらマナはぼそりとつぶやいた。




「私に、おかあさんは、いない」

 



 ……それ、最後に吐き捨てるセリフですかね?







「先ほどは災難でしたね。私は、このアレイギルドの受付をしています、マリーです」



「ん。ひとひねり」



「あの、問題とかはないのか……?」



「え? ああ。アレくらいなら冒険者ギルドでは日常茶飯事ですから。もっとも、これだけ温情ある措置ができるのも、金級冒険者――”氷雪”さんだからこそでしょうけど」




 温情……? と思って巨漢を見るが、手の凍結は解除されているようだった。



 今は暖炉の前で手を温めている。




「普通だったらどうなるんだ?」



「まぁ、良くて手首切り落としとかでしょうか? 仮に殺してしまっても何も言われないとは思います」



「……物騒だな」




 思っていたよりも冒険者が物騒な世界に生きていることは、嫌というほど理解した。




「えぇと。それでどういったご用ですか?」



「ん。ソラの冒険者登録をお願いしたい」



「彼の、ですか。問題ありませんよ。登録料として銀貨3枚をいただきますが、よろしいですか?」



「私が出す」




 マナがそういえば、マリーは驚いて目を見開いた。




「は、把握しました。では銀貨3枚をいただきます」




 だが、マリーも受付のプロ。動揺をすぐに隠し、銀貨を受け取る。




「それでは、登録に移ります。こちらのほうに必要事項をご記入ください」



「……文字が書けないから、代筆してもらっても?」



「ええ、かまいません。それでは口頭でどうぞ」




 名前、性別、年齢を口頭で伝えると、マリーは「ふむ」と小さく声を漏らした。




「24歳……なんですか?」



「え? お、おう」



「なるほど。でしたら年齢についてはここ以外で伝えないほうが良いと思います」



「なぜ?」



「24で冒険者登録というのは、少し遅くて……。バカにされやすいんですよ」



「なるほど……」




 マリーに留意事項を伝えてもらった後は、特に追加で何かを記入することもなく、手続きは完了した。



 発行されるまでには少し時間がかかるという事で、マリーはカウンターの下から何か水晶らしきものを取り出した。




「登録まで少しお時間いただくので、こちらで適性の診断をしましょう。すみませんが、”氷雪”様は席を外してもらっても――」



「――いや、マナとはこの情報を共有すると約束してるんだ。同席させてもいいか?」



「ソラさん本人がそうおっしゃるなら、かまいませんよ」




 そう言うなり、マリーは針と小皿を用意する。




「適性の診断をするのに血が必要なんです。針で指に傷をつけて、小皿に血を数滴垂らしてください」



「……わかった」




 自分の体に傷をつけるのは少し恐ろしいが、これをやらなければすべては前に進まない。



 意を決して針を肌に刺そうとするが……。




「……刺さらない」



「魔力が多い方は、自然と体が頑強になって針が通らないことがあるんですよ」



「そうなのか。じゃあどうしたら……」



「歯で肌を食い破っていただかないと……」




 それは……かなり気が引ける。


 針で傷をつけるならまだしも……。



 そんなことを思っていると、隣にいたマナが俺の手を持ち上げる。




「……マナ?」



「ぁむ」




 マナが口を開いたかと思えば、親指に鋭い痛みが走る。



 見れば、マナが親指をくわえこんでいて。



 傷口あたりが少しくすぐったくて、生暖かい。




「な、何を――!」



「これで血、出る」




 はっとしてみれば、小皿には血が数滴垂れていた。



 マリーも一連の流れにあっけにとられていたが、そこはプロ。すぐに持ち直して、水晶に血を振りかけた。




「なんでいきなりあんなことしたんだ……?」



「ん。恐怖が見えたから、それなら私がと思った」



「結構人の顔色うかがってるのな」



「そうしないと、排されちゃうから」




 何から――と問いかけようとして、マリーの声にさえぎられた。




「……ありえません、まさか、こんなことが」




 水晶に何かが書かれているようで、俺もマナも目をそちらに移した。


 すると、そこには……文字がふわりふわりと踊っていて。




 ――【魔法適正:-SSS】




 驚きの結果が、表示されていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る