2話:――興味があったから。

 最初は、小鳥の鳴き声かと思って聞き流そうとした。森の中にいるみたいだし。


 けど、少女は俺が反応を示すまで繰り返しつぶやく。聞き流せそうにはない。




「……一度死んでる。でもよみがえった」




 起き抜けにそんなことを言われて、俺はもう一回気絶してやろうかと思った。



 寝耳に水とはこのことか。なんとか助かったとぬか喜びした俺の気持ちを返してくれ……。



 とはいえ、なぜそんなことになったのかの経緯は聞いておきたい。



 俺は目をこすって、目の前にぼんやりとした表情で立っている少女を観察した。



 ……現代日本では絶対に見ない、綺麗な銀髪に蒼目。整い過ぎている見た目は、10人いれば15人が振り返るほどのものだ。



 黒をベースにして、金色と赤色で装飾されたローブを着ている。見た目だけで判断するなら魔法使い、といったところだろうか。



 もしかすると、ネクロマンサーとか? だとしたらよみがえってる理由にも説明が付く。



 とりあえず、話が通じる相手っぽいし、話してみるか。




「よみがえった、っていうのは?」


「”使い魔”にした」


「”使い魔”……?」




 俺が聞き返せば、少女はこくりとうなづいた。



 ……そしてそのまま口を閉ざす。




「……”使い魔”って?」


「魔法使いが、使役する魔物」


「ってことは、俺はいま魔物……?」




 少女は、またこくりとうなづいた。



 ……そして、そのまま口を閉ざす。




「でもなんで俺はよみがえったんだ?」


「”使い魔”は、使い手が死なない限りよみがえる」


「なるほど。だから俺を”使い魔”にして、よみがえらせたってことか」




 少女は、またまたこくりとうなづいた。



……そして、そのまま口を閉ざす。



 こう、なんかこう……もっと補足してくれてもよくないか……?



 聞かれたことに答えることは大事だしありがたいけどさ……。




「とりあえず、ありがとう」


「ん、どういたしまして」


「そういえば名前をまだ名乗ってなかったね。俺は空、椎名空だ」


「……珍しい名前」


「こっちだと珍しいのか。ソラって呼んでくれると嬉しい。君の名前は?」




 俺がそういえば、少女は「ん……」と小さくつぶやいて、何かを考え始めた。



 そして、カバンから紙を取り出してそれを差し出してきた。




「名前、無いの」


「名前がない……?」


「ん。だから、決めてほしい」




 そんな事いきなり言われても、と思った。



 でも呼び名に困るのは確かな話で。いつまでも固有名詞抜きに話ができるほど、俺は頭が良くない。



 とりあえず、とりあえずだ。ぱっと思いつく名前を仮称としてつけておこう。




「いかにも魔法使いっぽい見た目、マジック、マギ、マナ……」


「……マナ?」


「ん? ああ、マナって言うのは、神秘的な力って意味の言葉だよ」


「……それ、良いね」


「お、気に召したなら……じゃあ、君の名前は仮にマナとしておこう」




 マナ、と紙に書いて手渡すと、少女……マナは何度も何度も紙に書かれた文字をなぞった。




「見ない文字」


「……あ」




 言われて気づいた。カタカナはこの世界に存在しないのだろう。



 言葉が通じるだけに、文字も通じるものだと勝手に思い込んでいた。




「これは……俺の生まれた場所の文字だ。結構ここから離れてる場所だから、マナには見覚えのない文字だったのかもしれないな」


「なるほど。納得した」




 頷くマナに苦笑を送る。


 異世界人とバレればどうなるかわからない。創作物によっては神の敵として表現されたり、その逆もまたしかり。


 だから、当分の間様子を見る必要がある。その間に異世界人バレしないためにも、文字は早々にマスターしなければ。




「さて、これからどうする?」


「……どう?」


「マナはこれから、何をやるんだ?」


「――”七神の試練”を受ける」




 耳なじみのないワードが出てきて、俺は思わず聞き返した。



 すると、マナはわずかに目を開いて「知らないの?」と問いかける。




「七神は、この世界に存在するすべてに”試練”を与える。それをすべて踏破するのが、私の目的」



「”試練”って?」



「ダンジョンを踏破すれば、”試練”を突破した扱いになる」




 なるほど、とわからないけれど一応頷いておく。



 なんとなくそんな気はしていたけれど、この世界にはダンジョンがあるらしい。




「そもそも、ソラがいたのもダンジョンの一室」



「マジ?」



「ん。”無の試練”の80階層の隠し部屋。魔法陣でしか行き来できない」



「だから扉がなかったのか……というかやっぱり魔法陣だったんだな」



「そう。でも、不思議」




 マナは首をかしげて、こちらに手を伸ばしてきた。



 敵意のようなものはなさそうだし特に止めずにいれば、手が頬に触れた。



 女性に触られる経験なんてなかったのでとても恥ずかしい……しかし、マナはこちらを淡々と観察するだけだった、




「やっぱり、ある」



「あるって、何が?」



「魔力。ソラには魔力があるのに、なんで魔法陣が起動しなかった?」



「魔法陣は魔力があれば起動するものなのか?」




 マナは頷いて、指先に光をともらせた。



 それが何かはなんとなく分かった。これが魔力なのだろう。


 

 マナはそのまま指先で地面に触れる。すると地面に、この前見たのと同じような魔法陣が出現した。違うのは色と……あと大きさだ。こちらはかなり小さいうえに、緑色。




「この世界に存在するすべてには、魔力が宿っている」



「それってつまり、この世界に存在するものなら基本的に魔法陣は起動するってことじゃ……」


「ん、その通り。例えば……」




 マナは近くにあった小石を、魔法陣へと放り投げる。



 小石が魔法陣に触れた瞬間、魔法陣は緑色に光り輝く。ふわりと魔法陣から風が吹き出したかと思えば、小石がふわふわと宙に浮かんでいた。




「……こんな感じ。小石でも触れれば魔法陣は起動する」



「じゃあなんで俺は起動しなかったんだ……?」



「わからない。でも可能性があるとしたら、”適正”だと思う」


「”適正”?」




 魔法がどれだけ使えるかの指標とかだろうか。




「すべての生物には、各属性との親和性……”適正”がある。それが著しく低いと、反応しない可能性がある」



「じゃあ、俺はそれが低い可能性が……?」



「わからない。ここでは判別ができない」




 そう言うなり、マナは手を差し出してきた。



 突然差し出された手に困惑していると、マナは「早く行こう」と声をかけてくる。



 何のことかわからないまま手を取れば、そそくさと歩き始めるマナ。




「どこにいくんだ?」



「街。そこでソラの適性を見てもらう」



「なるほど」




 俺としても街で一息つきたいと思っていたところだった。



 これは渡りに船ってやつだな。





「……そういえば、マナは何で俺を助けてくれたんだ?」



「――興味があったから」




 たった一言だけこぼしたマナは、思ったよりも強い力で俺をひっぱるのだった。





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