第12話 転移執務室のおねーさん再び降臨する

(……聞こえますか……聞こえますか……)


 ふと気がつくと、そこは見覚えのある真っ白な世界だった。

 眼の前には、転移執務室のおねーさんがいる。


(くりかえしますが、私の正式名称は『正義の女神』です)


 そうだった。転移執務室のおねーさん、いや『正義の女神』は俺の頭の中を読めるんだった。


(設定をご説明いただき、ありがとうございます。ところで、さきほど家賃滞納者を刑事で告訴したいと心の声が聞こえたんですけど、あなたの声でよろしかったですか?)


「はい。家を買ったエルフが、支払いを踏み倒しているんです。ユニークスキル『宅地建物取引士』を行使したいんですけど」


(承知しました。ユニークスキル『宅地建物取引士』を行使します!)


 転移執務室のおねーさんが叫んだ途端、俺は再びリサの家へと飛ばされる。


「と・に・か・く!! あなたに支払うお金はもないわ!!

 不満があるなら、あなたが前世から受け継いだで、力ずくで奪えばいいじゃない!!」


 …………あれ??


 うん、前と同じだ。時間が数秒まきもどっている。


 そして、天井に真っ白な穴が空いて光が差し込んできた。

 でもってその穴から転移執務室のおねーさんが、左手には天秤、右手には剣をもって、ゆっくりと降りてくる。その時だ。


「出たわね! 正義の女神!!」


 リサは数本の髪の毛を引き抜くと、転移執務室のおねーさんにめがけて投げつけた。髪の毛はたちまち鋼へと変化して、転移執務室のおねーさんが持つ、天秤と剣をしばりつける。


「あらあら、これでは刑を施行できませんね」


 転移執務室のおねーさんが首をかしげるなか、リサはさらに数本の髪の毛を投げつけて、転移執務室のおねーさんの豊満なボディーをギリギリと縛り上げる。


「正義の女神! 私をもとの世界に戻しなさい! さもないと、あなたをこのまま切り刻む!!」


 リサが、右手をギリリと握ると、鋼となった髪の毛が転移執務室のおねーさんをギリギリとしばりあげる。


「? あなたの元いた世界では、神威かもい梨沙りさは、とっくに死んでいるんですよ?」

「わかってるわ! でも、私は戻りたいの!! 私を殺して、遺体を遺棄した男に復習したい!!」

「なるほど、なるほど? つまりはあなたを殺し、未だ発見されずにいる遺体を遺棄した犯人に復習したいと」

「そう!! 私は、あの男を絶対に許さない! それこそ死んでもね!!」

「なるほど、なるほど。あなたが私に会いたがっていた理由もこれで得心いたしました」


 激昂するリサをよそに、転移執務室のおねーさんはうんうんとうなづくと、話をつづける。


「結論から申し上げますと、あなたを神威かもい梨沙りさとして、元いた世界に戻すのは不可能です。あなたは今、元いた世界では死亡が確定していません。遺棄された世界では、行方不明のままですからね。おそらく、あと百年以上はあなたの死体は発見されることはないでしょう。

 残念ながら今のあなたは半人半霊、前世では幽霊としてさまよいつづけ、現世では精霊であるエルフとして生きているのです」


 うーん、よくわかんないけれど、要するにリサは前世では死んだことにならないから、現世では寿命が長いエルフに転生しているってことでいいのかな?


「ご明答。わかりやすい解説、痛み入ります」


 俺の思考を読み取った転移執務室のおねーさんが、俺に軽く会釈すると、再びリサに向かって話を続ける。


「鋼の魔女リサ。前世にあなたを殺した男に仇を返したいのであれば、わざわざ前世の世界に行く必要はありません。あなたを殺した男はこの世界に転生をしています」

「どういうこと?」


 怪訝な顔をするリサの質問を受け、転移執務室のおねーさんが話をつづける。


「あなたを殺した男は、その事実を隠し通したまま天寿を全うし、つい2週間ほど前に誕生しました。ミミズとして」

「ミミズ?」

「はい。そのミミズは前世の記憶を持ち合わせていません。リサ、あなたはそんな相手に復讐をするおつもりですか?」

「………………………………」


 リサはだまりこむ。が、転移執務室のおねーさんは大きくうなづいた。


「あなたを殺した男は、すでにこちらで相応の罰を受けている最中です。彼は3日後に、ツバメに食べられ、次は別の世界でキリギリスに転生予定です。

 あと10度ほど転生を繰り返した後、こちらの世界で人間に転生するので、復讐をしたいのであれば、そこまで待っても良いとは思いますが、いかがですか」

「………………………………」


 転移執務室のおねーさんをしばりつけた鋼の糸が、はらりと外れる。


「よろしい。所詮、復讐は復讐を呼ぶだけです。前世のことはすっぱりと忘れ、現世を全うすることを私もオススメします。それでは、私はこれにて」


 そう言い残すと、転移執務室のおねーさんは、再びゆっくりと浮かんでいって、天井にあいた白い穴へと消えていった。


 俺はその姿をぽかーんと眺めていたが、大事なことに気がついた。転移執務室のおねーさん、リサの未納を裁きにきたんじゃないの?? なんで勝手に戻るのさ。


「おいリサ! 家の賃料の金貨2枚を払ってくれ!」

「わかったわよ。でも、あいにく今は持ち合わせがないわ。私の目的は、あくまでもあなたが召喚できる『勝利の女神』と交渉をすること。金貨2枚なんて、最初から払う気なかったもの」

「えええ! そりゃないよ!!」

「ごめんごめん。ここの家代はお金を稼いで少しずつ返していくわ」

「返すって、どうやって?」

「そりゃ、私は冒険者だもの。宿に張られたミッションをこなすに決まってるでしょ?」

「な、なるほど?」

「と、なると、毎日宿屋に通うのは大変だわね。そういうわけで、しばらくあなたのところの宿にお世話になるわよ!!」


 と、言うわけで、リサは結局、俺の働く宿の一室を借りるようになった。


 ならず者のバラとモン、そして、鋼の魔女のパーティーはウチの宿屋で冒険者ギルドを結成してやがて魔王を滅ぼす勇者になる。


 のだけれども……そんな物語は履いて捨てるようにあるから割愛する。



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ユニークスキル『宅地建物取引士』が思いのほか便利でした。S級冒険者に快適な住環境を提供して最強ギルドを作ります。 


おしまい

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ユニークスキル『宅地建物取引士』が思いのほか便利でした。S級冒険者に快適な住環境を提供して最強ギルドを作ります。 かなたろー @kanataro_

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