久世彰と直接対決

 受講料二十万という数字を思い出し、俺は軽く舌打ちした。


「……言っておくが、俺は物理無理だからな」


「うん、知っている。壱成はただ呪詛とか、術とかそういう系の攻撃を何とかしてくれればいいよ」


 『殴る・蹴るは僕の仕事』と笑顔で言い切り、悟史は俺の手を引いて歩き出した。

ゴーゴー!と妙に上機嫌な彼を前に、俺は後ろを振り返る。


「桔梗、そのお守りはやる」


 心霊スポットに行ったとき渡した布袋を指し、俺は『タダで譲ってやる』と申し出た。

すると、案の定桔梗は目を剥く。


「おや?よろしいんですか?」


「ああ、その分の代金は悟史に請求するから。その代わり、俺らが……いや、俺が誘拐や傷害で捕まっても見逃してもらえるよう取り計らってくれ」


 悟史は多分、組の方で釈放の手続きやらなんやらして貰える筈なので、自分の安全だけ考えた。

『前科持ちはマジで勘弁』と辟易する中、桔梗は顎に手を当てる。


「よく分かりませんが、まあいいですよ。職権乱用は私の得意分野なので」


 自身の胸元に手を添えてそう宣言し、桔梗はニッコリ微笑む。

『では、お気をつけて』とお辞儀する彼に、俺は一つ頷きこの場を後にした。

────そして、悟史に連れられるまま久世彰の滞在するホテルへやってくる。


「マジでめちゃくちゃいいホテルだな」


「逃亡生活の真っ最中とは、思えないよね〜」


 『ウチも時々使うホテルだし』と述べつつ、悟史はさっさとフロントを通り抜ける。

組の方から事前に話を通していたのか、従業員から止められることもなかった。

ただ、まあ……怪訝そうではあったが。


 明らかに観光客ではない風貌だからな。

他のホテルならともかく、こういうリゾートホテルでスーツ姿の男二人は目立つだろう。


 『まあ、及川兄弟が居ないだけまだマシだけど』と思いながら、俺はエレベーターに乗る。

と同時に、悟史が最上階のボタンを押した。

『おいおい、そんな高い部屋で寝泊まりしてんのかよ』と目を見張る中、エレベーターは直ぐに目的の階で止まる。

すると、悟史は素早く廊下へ出て周囲の様子を確認した。


「……人の気配はなし、っと。フロントの話によると、今日この階に泊まっているのは久世彰だけだから多少騒いでも大丈夫そう」


「んじゃ、ちゃちゃっと終わらせるか」


「いい加減、鬼ごっこにも飽きてきたしね」


 『ここできっちり片をつける』と意気込み、悟史は足音を立てずに奥の部屋へ近づく。

懐から取り出したカードキーを指定の場所に差し込み、素早く扉を開けた。

かと思えば、目にも止まらぬ速さで室内へ入り、手前の扉から順番に開け放つ。

さすがはヤクザとでも言うべきか……とても手慣れていた。


 こっちは心臓バックバクなのに、手際いいな。


 などと考えながら、俺も悟史の後ろについて行った。

本来であれば、出入り口を見張るべきなんだろうが……戦闘力0の俺じゃ、たとえ久世彰が逃げてきても何も出来ない。

それどころか、人質に取られる可能性だってある。

何より、相手が祓い屋の力を使って何かした場合、出入り口付近からだと対処が間に合わない。


 集落の件と言い、悪霊の件と言い……相手はかなりヤバい系統の祓い屋だ。

悟史とセットで動いた方がいいだろう。


 ジャケットの内ポケットにある御札へ手を掛けつつ、俺は息を殺して前へ進む。

────と、ここで先頭を歩いていた悟史がスッと目を細めた。

かと思えば、リビングの窓からベランダへ出る。


「そんな頼りない命綱でバンジージャンプは、危ないんじゃない?」


 そう言って、悟史はベランダの隅で丸くなっている久世彰を見下ろした。

シーツを繋ぎ合わせただけの紐を握り締める男に対し、悟史は冷たい目を向ける。


「僕が誰かは分かっているよね?」


「……」


「ウチに手を出した挙句、風来家まで敵に回して……本当に逃げられると思っていたの?」


「!?」


 まさか、集落の件までバレているとは思わなかったのか、久世彰はカッと目を見開いた。

かと思えば、強く唇を噛み締める。

下手を踏んだ子狸に怒っているのか、表情は険しかった。


「ついでに言うと、赤崎家の件も把握している」


「!!」


 ピタッと身動きを止め、久世彰は大きく瞳を揺らした。

が、直ぐに平静を取り戻す。

『そうか……だから、ここが……』と独り言のように呟き、髪を強く掴んだ。

苛立ちを露わにする彼の前で、悟史はポケットから小さなジップロックを取り出す。

錠剤タイプの薬が入ったソレをヒラヒラ揺らし、少しばかり身を屈めた。


「大人しく投降するなら、コレを飲んで。ちなみにただの睡眠薬。まあ、めちゃくちゃ効能強いからほぼ麻酔みたいなものだけど」


「……」


 ジップロックに入れられた錠剤を眺め、久世彰は押し黙る。

これからのことを考えると……氷室組と風来家からの報復を考えると、二の足を踏んでしまうのだろう。

『まあ、即決は出来ないよな』と思案する中、久世彰は突然立ち上がる。

その際、シーツや体で隠れていた床が露わになり────俺と悟史は何かの術式を目にした。


 これは……呪詛だ!

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