身体検査

 血で描かれたと思われるソレを前に、俺は慌てて御札を取り出した。

と同時に、久世彰が何かを唱える────ものの、悟史に殴られたことで中断。

これで何とか事なきを得た────と思いきや、呪文なしで呪詛を発動する。

その瞬間、俺と悟史の体は急激に怠くなった。

まるで三徹した時のような体調の悪さである。


 呪文なし……それも、瞬発的な呪詛でコレかよ。

マジでヤバいな、こいつ。


 猛烈な吐き気を覚えつつも、俺は何とか御札を使用。

呪詛の穢れを祓い、無効化した。


「悟史、そいつ腹パンして眠らせろ」


 薬を飲ませる手間すら惜しんで、俺は『早く無力化しろ』と指示した。

すると、悟史よりも先に久世彰が動きを見せる。

『ここで捕まる訳にはいかない』とでも言うように身を捩り、ここから飛び降りようとした。

が、悟史に襟首を掴まれて逃亡出来ず……懐に手を突っ込む。

恐らく、何か道具でも取り出すつもりなんだろう。

でも────


「もう無駄な抵抗はやめてくれる?」


 ────悟史がソレを見逃す筈なかった。

適当に久世彰の手を捻り上げ、鳩尾に膝をめり込ませる彼は『腹パンじゃなくて、腹キックになっちゃった』と呟く。

と同時に、久世彰は白目を剥いて倒れた。


「壱成、こいつの身体検査をお願いしてもいい?僕じゃ、祓い屋系のヤバイものとか見分けつかないし」


 『うっかり危ないものに触ってしまったら』と危機感を抱く悟史に、俺はコクリと頷いた。

元より、そのつもりだったため。


「でも、その前にこいつを室内へ運んでくれ。さすがにベランダでやるのは、不味いだろ」


 人目を気にしてそう指示すると、悟史は『それもそうだね』と言って久世彰の首根っこを掴んだ。

かと思えば、そのままズルズルと引き摺って行く。

相変わらず容赦ない……というか遠慮のない彼に、俺は苦笑を漏らした。


「念のため、ちょっと離れていろ」


「はーい」


 素直に壁際まで下がる悟史に、俺は『それでいい』と頷き、早速久世彰の身体検査を始める。

と言っても、身ぐるみ剥いでいるだけだが。


 持ち物の確認は後からでも出来るからな。今はとにかく、道具から引き離すことだけ考えねぇーと。


 あっという間にパンツとYシャツだけになった久世彰を見つめ、俺は『下着も脱がせるか?』と悩む。

────と、ここで悟史が僅かに身を乗り出した。


「ねぇ、胸ポケットのところ……なんか、盛り上がってない?」


「ん?あぁ、確かに」


 よく見ると何かを縫いつけたような跡があり、俺は『Yシャツの内側になんか付けたのか?』と頭を捻る。

とりあえず全てのボタンを外し、俺はペラリと布を捲った。

と同時に、息を呑む。

だって、そこにあったのは木の……いや、御神木の枝だったから。


 『あの神社のやつだ』と確信しつつ、俺はソレを手に取る。

でも、しっかりYシャツに縫い付けられているため取れなかった。

『ハサミで糸を切るしかないか』と考えていると、不意に────呪詛の気配を感じ取る。

それも、久世彰の方から。

思わず身構える俺の前で、久世彰はパチッと目を覚まし、俺を突き飛ばした。


「壱成……!」


「いいから、あいつをもう一度眠らせろ!」


 ただ尻餅をついただけなので、俺は悟史に久世彰の対応を任せた。

慌てて立ち上がる俺を他所に、悟史は久世彰へ殴り掛かる。

が、呪詛でも掛けられたのか口元を押さえて蹲った。

『っ……!』と声にならない声を上げる彼の前で、久世彰は再びベランダに出た。

かと思えば、一も二もなく飛び降りる。


 チッ……!ヤケでも起こしたか……!


 悟史の呪詛を祓いつつベランダに駆け込んだ俺は、急いで地上を見下ろした。

が、久世彰の姿はどこにもない。

『はっ?消えた?』と困惑する中、右斜め下から人の足音が聞こえてきた。

何の気なしにそちらへ視線を向けると、非常階段で下に降りていく久世彰の姿が……。


 そうか、非常階段……!


 『飛び移ったのか』と納得し、俺は額に手を当てた。

今から追い掛けても、きっと追いつけないであろうことを見越して。


 とはいえ、あっちはパンツ&Yシャツ姿。おまけに財布やスマホもない。

余程親切な人に助けられない限りは、にっちもさっちも行かないだろう。

警察に捕まるのが、オチだからな。


 『一応、桔梗に連絡して協力を仰ぐか』と考えながら、俺はスマホを取り出す。

悟史も同じように自身のスマホを操作し、どこかに連絡を取っていた。

恐らく、組やリンに居場所を特定するよう頼むのだろう。

沖縄限定かつホテル周辺となれば、直ぐに足取りを掴めそうだから。


「……ねぇ、壱成」


「なんだ?」


「ごめんね……」


 普段のおちゃらけた雰囲気はどこへやら……悟史は珍しく、落ち込んだ様子で謝罪してきた。

恐らく、久世彰を取り逃した責任は自分にあると思っているのだろう。


「僕がもっと強く鳩尾を決めていたら……しっかり気絶させられていたら、こんなことにはならなかった」

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