完全犯罪を考えた人物

「ただ、俺にも分からない点が一つある────お前と母親にその手法を教えたのは、一体どこの誰なんだ?」


 こんなリスキーで……でも、プロの祓い屋じゃないと編み出せないような完全犯罪を誰が思いついたのか。

『とりあえず、ろくでもない奴なのは確定だな』と思案する中、赤崎葵は言い淀む。


「それは……あの……」


 恩人を売るような真似は出来ないのか、赤崎葵は必死に誤魔化そうとしていた。

でも、拘束された母親の悪霊を見るなり素直に口を開く。


「────久世彰という人です」


「「!?」」


 まさかここで因縁の相手の名前が出てくるとは思わず、俺と悟史は顔を見合わせた。

『マジかよ……!?』とでも言うように数秒ほど固まり、慌てて前を向く。


「そいつがどこに行ったか、知らないか!?」


「さっきの完全犯罪の方法以外で、何か言ってなかった!?」


「ぁ……えっと、今どこに居るかは分からないけど、明日のフェリーで海外へ渡るって聞きました。そのための資金と手配を、完全犯罪の方法と引き換えに要求されたから……多分、間違いないと思います」


 『乗る船は確か……』と色々情報を吐き、赤崎葵は積極的に協力する姿勢を見せた。

まあ、どこか申し訳なさそうではあるが。

『結果的に恩人を売った訳だからな』と苦笑する俺の前で、悟史は各方面へ連絡を取る。


「今、風来家と氷室組の奴らに裏取りをお願いしている。恐らく、十五分くらいで分かるんじゃないかな?」


「そうか。じゃあ────今のうちにこっちを終わらせるぞ」


 手にしたままだったミニボトルを構え、俺は桔梗へ視線を向けた。


「ちょっと話は脱線したが、事件の全貌はこんな感じだ。お前はこれから、どうしたい?」


 『除霊するか』と問う俺に対し、桔梗は少しばかり悩むような動作を見せる。


「……その質問にお答えする前に、いくつか聞いてもいいですか?」


「なんだ?」


「まず、赤崎葵さんの母────赤崎みどりさんの霊を放置した場合、どうなりますか?」


「生きている人間の悪霊なんて初めて見るから、確かなことは言えねぇーけど……多分、自力で肉体に戻るのは不可能だ。仮に戻れたとしても、今のままじゃ良くて廃人……悪くて、キチガイになる」


 『少なくとも、幽体離脱前の状態にはならない』と告げると、桔梗は難しい顔をした。

その傍で、赤崎葵はサァーッと青ざめている。

普通に戻れるものだと思っていたため、動揺を隠し切れないのだろう。


「ちなみに肉体へ戻らなかった場合は、ずっと赤崎葵に憑いて回るから色々厄介だぞ。歩く厄災みたいな感じになる。まあ、娘を守るボディーガードと考えればある意味心強いかもしれないが」


 まともな人付き合いは出来ないだろうな。

なんせ、ちょっと頭を小突いただけでも敵認定してきそうだから。

赤崎葵は一生孤独を強いられるんじゃなかろうか。


 などと考えていると、桔梗は悩ましげな表情を浮かべた。


「……一応お聞きしますが、赤崎碧さんを救う方法は?」


「あるぞ」


「そうですね、そんな都合のいい話ある訳……えっ?あるんですか?」


 ポカンとした様子で聞き返してくる桔梗に、俺は大きく首に縦に振る。


「ああ。お清めして普通の幽霊に戻せば、多分勝手に肉体へ帰ると思う。少なくとも、厄を振り撒くような存在にはならないだろう」


「それを早く言ってください。もうお祓いするしかないと思ったじゃないですか」


「いや、聞かれなかったから」


 『いちいち先回りして答えてられるか』と呆れ返り、俺はガシガシと頭を搔いた。

と同時に、赤崎碧の方を見やる。


「で、結局どうすんだよ」


「お清めして、赤崎碧さんを救う一択に決まっているじゃないですか」


 『聞くまでもないでしょう』と答える桔梗に、俺は小さく肩を竦める。


「言っておくが、悪霊のお清めなんて決して安くないぞ。ぶっちゃけ、除霊より掛かる」


「構いません。いくらでも、お支払いします」


「お前、本当にお人好しだよな」


 『金に余裕のあるエリートとはいえ、これは……』と若干引いていると、桔梗は両腕を組んだ。


「あんな事情を聞いて、同情しない人は居ません」


「今ここに二名ほど同情していないやつが居るんだが」


 自身と悟史を交互に指さし、俺は『多数決なら、こっちの方が優位』と示す。

すると、桔梗は目頭を押さえて嘆息した。


「守銭奴とヤクザは普通の人間に含まれないので、ノーカウントです」


「お前、俺らに対して当たり強くね?」


 『まあ、いいけどさ』と言い、俺は腰に手を当てる。

と同時に、少しばかり表情を引き締めた。


「それはそれとして、そろそろお清めを始めんぞ」

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