赤崎葵の証言

「ま、待って……!違うの……!お母さんは悪くなくて……!」


 半泣きになりながらも腕へしがみつき、赤崎葵はブンブン首を横に振る。

『お願い、待って……!』と示す彼女の前で、俺は桔梗の方を振り返った。


「このまま強行していいか?」


「いえ、先にどういうことなのか説明してください」


 『全く、状況についていけない』と苦悩する桔梗に、俺は大きく息を吐いた。

面倒臭くてしょうがない衝動に駆られつつも、一先ず酒の入ったミニボトルを下ろす。


「お前の口から、説明しろよ。あの刑事を上手く説得出来れば、母親は助かるかもしれねぇーぜ。俺はあくまであいつから依頼を受けた立場で、何の決定権もないからな」


 『説得するなら、あっちな』と告げ、俺は後ろへ下がった。

すると、入れ替わるようにして桔梗が前へ出る。スマホの画面をチラリと確認しながら。


「赤崎葵さん、貴方のお母上は現在────入院中ですよね?」


「「えっ?マジ?」」


 てっきり死んだものだと思っていた俺と悟史は、ついハモってしまう。

『じゃあ、これ生き霊?』と疑問に思う中、赤崎葵はおずおずと首を横に振った。


「は、はい……お母さんは入院していて、ここに居るのはその……霊体のみで……」


「なるほど。それで、今回の事件と関係はありますか?」


「……あり、ます」


 自身の左腕をギュッと握り締め、赤崎葵は観念したように肩の力を抜いた。

かと思えば、自分の足元をじっと眺める。


「お母さんは……捕まりますか?」


「それは詳しくお話を聞いてみないと、分かりませんが……霊体で行ったことなら、警察や司法じゃ裁けないでしょうね」


「そう……ですか」


 どこかホッとしたような……でも、ちょっと気まずそうな表情を浮かべ、赤崎葵はそっと目を伏せた。

と同時に、小さく深呼吸する。


「……事の発端は────先輩達からのイジメです」


 意を決したように話を切り出し、赤崎葵はそろそろと顔を上げた。


「私って、その……自分で言うのもなんですが、男性の好きそうな見た目じゃないですか?だから、女性に嫌われやすくて……サークルの女性陣から、よく意地悪されていたんです。でも、最初は男性陣がよく庇ってくれていて……せいぜい、悪口を言われる程度でした。だけど、男性陣のトップみたいな先輩の告白を断ってから、一気に酷くなって……」


 震える指先を握り込み、赤崎葵は不安と恐怖を露わにした。

余程、酷い仕打ちを受けてきたのだろう。


「もう辛くて……耐えられないと思ったので、お母さんに打ち明けました。それで、大学を辞めようという話になったんですが、先輩方からイジメの動画をネットにアップすると脅されて……一生、自分達のサンドバッグで居ろって言われて……動画の中には世に出たら不味いものもあったので、要求を突っぱねることが出来ませんでした」


 時折声を詰まらせながらそう語り、赤崎葵は手で口元を押さえた。


「警察とか弁護士とか色々考えましたけど、下手に刺激して動画を拡散されたらって怖くて……でも、一生彼らの奴隷なんて嫌で……そしたら、とある人が『完全犯罪でそいつらを消す方法を教える』って……」


「それが母親を幽体離脱させて、悪霊化する方法だった訳か」


「……はい」


 半ば項垂れるようにして頷く赤崎葵に、俺はやれやれとかぶりを振る。

祓い屋目線で言わせてもらえば、この手法は紐なしバンジージャンプと同じくらい危険だから。

『素人の幽体離脱ほど、不安定なものはねぇーのに』と呆れていると、桔梗がこちらを振り返る。


「そこ、勝手に話を進めないでください。一般人の私にも分かるよう、説明を」


「あー……つまりな、赤崎葵の母親はわざと意識不明になって幽体離脱した訳。普通は狙って出来るようなものじゃないんだが……まあ、そこは一旦置いておく。で、母親は娘を虐めていた奴らに強い憎しみを抱いており、悪霊化。見事、いじめっ子達を成敗したんだ」


 『母は強し、だよな』と肩を竦め、俺は縄で縛られた年配女性の悪霊を眺める。


「今の母親を突き動かしているのは、娘を守りたいという想いといじめっ子達に対する復讐心だけ。だから、娘を困らせる奴やいじめっ子達に似ている奴を見ると、手当り次第襲い掛かっている……んだと思う」


 生きている人間の悪霊なんて初めて見たため、確証は持てず……少し言葉を濁す。

────と、ここで悟史が腕をつついてきた。


「ねぇねぇ、いくら憎んでいるとはいえ、あんな真昼間に三人も殺せるものなの?」


「普通の状態じゃ、多分無理だろうな」


「じゃあ、どうやって……あっ」


 何かに気づいたのか、悟史はパチパチと瞬きを繰り返した。

かと思えば、口元に手を当てる。


「そっか────心霊スポット」


「そういうこと」


「どういうことですか?全く理解出来ないんですけど」


 こちらの事情に明るくない桔梗は、『一から十まで説明してください』と要求してきた。

困惑したような表情を浮かべる彼の前で、俺はやれやれとかぶりを振る。


「いいか?あの三人は多分、心霊スポットによる霊障で少なからず心を病んでいた。あそこは祓い屋の俺らでも二の足を踏むほど、やべぇーところだからな。怖い思いをしていてもおかしくない。そんでもって、生き物ってのは弱っている時ほどこの世ならざる者の影響を受けやすいんだ」


 ちなみに赤崎葵のみ無事だったのは、母親の霊が敵対心を剥き出しにして牽制していたおかげだろう。

あと、単純にそういう奴らとの付き合い方や対処法をある程度身につけていたからかも。


「……そこまで分かっているんだ」


 半ば呆然とした様子でこちらを見据え、赤崎葵はゆらゆらと大きく瞳を揺らした。

手のうちが全てバレている恐怖に震える彼女の前で、俺はスッと目を細める。


「ただ、俺にも分からない点が一つある────お前と母親にその手法を教えたのは、一体どこの誰なんだ?」

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