トンネル
「さて、そろそろ行くか」
五千円札を財布に仕舞いつつ、俺はおもむろに歩き出す。
「日暮れ前には、赤崎葵のところへ行きたいからパッと行ってパッと帰ってくるぞ」
「「了解(です)」」
案外息ピッタリな悟史と桔梗は、ゆっくりと慎重に俺の後をついてくる。
特に視える体質の悟史は、かなり警戒心を剥き出しにしていた。
まあ、それ以上に楽しそうではあるが。
『悪霊って、やっぱり強そうなのかな?』と述べる彼を他所に、俺はトンネルの中へ足を踏み入れた。
その瞬間、ゾクリとした感覚が全身を駆け抜ける。
チッ……ヤバいやつが、ゴロゴロ居やがる。
お腹の大きい女、兵士、落ち武者など……とにかく業や怨念の凄そうなやつが、薄暗いトンネル内を占拠していた。
『並の精神の持ち主じゃ、耐えられないな』と思いつつ、俺は何とか向こう側まで進む。
と同時に、眉を顰めた。
「……あの三人を殺したやつ、居なかったよな?」
独り言のようにそう呟くと、悟史は大きく首を横に振る。
「僕も似たような気配は感じなかったなー。まあ、そこまで感知能力は高くないから参考になるか分かんないけどー」
「私は視えないので、何とも言えませんね。お守りのおかげか、鳥肌や悪寒などもしませんし」
先程渡した布袋を軽く揺らし、桔梗はおもむろに後ろを振り返った。
「ここの心霊スポットで霊障を受け、死んだ訳じゃないんでしょうか?」
「それはまだ分からない。あの大学生達に取り憑いたことで、ここを離れた線もあるからな。ただ、そうなると……赤崎葵のところに居る可能性が高いな」
『そっちから先に確かめるべきだったか』と思いつつ、俺はさっさと踵を返す。
どちらにせよ、ここからさっさと出ないといけないため。
またトンネルを通るのは嫌だが、もうすぐ夕暮れなのであまり猶予はなかった。
それにしても、妙だな。
悪霊は基本、住処から動かない筈なんだが……取り憑いたとしても、自分の分身を目印代わりに擦り付ける形。
だから、俺は真っ先に心霊スポットの方へ赴いたんだ。
まあ、本体ごと取り憑いて厄を振りまいているならあのような死に方にも納得が行くが。
分身だけだと、どうしても効果が薄れるからな。
『少なくとも、三人同時に変死は難しい』と思案しながら、俺は悟史や桔梗を引き連れてトンネルから出た。
そして、行きと同じく桔梗の車で赤崎葵の居る神社へ行ってもらい、溜め息を零す。
というのも────境内の方から、物凄い邪気を感じ取ったから。
「この距離からでも分かるって……どんだけ、やべぇ悪霊なんだよ」
「まあ、三人を真昼間に殺せるくらいだからね〜」
悟史もアレが三人を変死に追い込んだ奴と同じ気配だと気づいているのか、少しばかり表情を引き締める。
「てか、悪霊って神社に入れるんだね。神様の力で弾かれるものかと思っていた」
「常に神の下りているところは神気で満ち溢れているから近寄れねぇーけど、そうじゃないところはわりと入れるぞ。まあ、それでもあまり入ろうとはしないが」
鳥居の前にある階段を登り終え、俺は『ふぅ……』と一息ついた。
基本インドアの俺としては、階段の昇り降りだけで重労働だから。
『まあ、これから更に働かないといけないんだが』と思いつつ、満を持して鳥居をくぐる。
すると、直ぐに写真で見た清楚美人を目にした。
────ついでに、年配女性の悪霊も。
「アレが悪霊の正体か」
「どうです?祓えそうですか?」
「ああ。でも、その前にいくつか確かめたいことがある」
そう言うが早いか、俺は無遠慮に赤崎葵との距離を詰めた。
『ちょっ……』と慌てる桔梗を振り切って赤崎葵の前に立ち、まじまじと顔を見つめる。
困惑した様子の彼女と襲いかかってくる悪霊を眺め、小さく舌打ちした。
「赤崎葵、お前────視える体質だろ?」
年配女性の悪霊に酒を掛けながら、俺は霊力垂れ流しの赤崎葵を睨みつける。
俺の予想が正しければ、彼女は相当危ないことをしているため。
『よくも、まあ……そんなこと出来るな』と半ば感心する俺の前で、赤崎葵はたじろいだ。
「い、いきなり何なんですか……?というか、貴方は誰なの?」
「警察に事件の捜索と解決を任された祓い屋」
「えっ……?」
信じられないとでも言うように目を白黒させ、赤崎葵は自身の胸元を強く握り締める。
すると、彼女の不安に共鳴するかの如く年配女性の悪霊が雄叫びを上げた。
「わた、しの……むす……めぇぇぇぇええええ!!!」
先程よりずっと強い邪気を放ち、年配女性の悪霊は手に持った包丁を振り上げる。
と同時に、俺がまたもや酒を振り撒いた。
その途端、あちらは怯む。
「娘、ね。そういうことか。ようやく、謎が解けたわ」
懐から御札を取り出し、俺は人差し指と中指の間に挟んだ。
年配女性の悪霊に意識を集中させながら、息を吸い込み
「縛」
と、一言唱える。
その瞬間、年配女性の悪霊は黒い縄で縛られ、身動きを取れなくなった。
『ああああああ!!!』と叫ぶ彼女を他所に、俺はまたも酒を振り掛けようとする。
が、赤崎葵に腕を掴まれてしまった。
「ま、待って……!違うの……!お母さんは悪くなくて……!」
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