井川珠里

「じゃあ、一旦二手に分かれる?壱成と猛は妹の部屋を確認。その間、僕が井川夫妻の寝室の扉を開ける。で、解錠でき次第二人に来てもらう」


 『僕だけ井川珠里の部屋を確認出来ないけど、まあ壱成だけで充分でしょ』と言い、悟史は廊下へ出た。

かと思えば、さっさと二階へ上がっていく。

どうやら無言を肯定と判断し、早速作業に取り掛かるようだ。


 いや、別行動することには異存ないが……なんか、ムカつくな。


 『勝手に動きやがって』と思いつつ、俺は井川猛へ目を向けた。


「妹さんの部屋まで案内してください」


「は、はい。こちらです」


 リビングの奥にある障子へ促し、井川猛は物音を立てないようゆっくりとソレを開ける。

そして、仏間と思しき部屋を通り抜け、更に奥の扉へ手を掛けた。


「ここが妹の部屋です。寝ているかもしれないので、極力静かにしてもらえると……」


「分かってます」


 人前の部屋で大騒ぎするような趣味はないため『心配いらない』と告げると、井川猛は少し肩の力を抜く。

と同時に、前へ視線を戻した。


「えっと……じゃあ、開けます」


 そう声を掛けてから、井川猛は静かに扉を開ける。

すると、女の子らしいファンシーな部屋が目に入った。


「あっ、珠里起きてますね……怒るかな」


 ベッドの上に座ってボーッとしている黒髪の少女を見つめ、井川猛は困ったように笑う。

『なんて言えば、いいんスかね?』と意見を求めてくる彼の前で、俺はただただ呆然とした。

だって、妹の井川珠里から────妖や幽霊の気配を感じたから。


 まさか、憑依されているのか……?いや、仮にそうだとしてこの気配の数は……明らかに異常だ。


 二・三体なんて優しいものじゃない数に、俺は大きく瞳を揺らす。

稀に憑かれやすい体質の者が居るが、井川珠里はそんな次元じゃなかった。

第一、これだけ憑かれていれば狂っていてもおかしくない。

なのに、井川珠里は不気味なほど大人しい……。


 憑依されている訳ではなく、ただ憑かれているだけ?

一応、正気は保っているということか?


「チッ……!訳分かんねぇ……」


 ガシガシと頭を搔きながら、俺は鋭い目付きで井川珠里を睨みつけた。

と同時に、彼女からもう一つの……妖や幽霊とは、全く違う気配に気がつく。

そして、悟った────この家に充満していた気配は井川珠里から発せられていたものだ、と。

『ここは気配が濃すぎて、気づくのが遅れた』と考えつつ、俺は顔を歪める。

────と、ここでスマホが鳴った。

画面を確認すると、悟史からメッセージが……。

どうやら、無事に鍵を開けられたようだ。


「俺はご両親の寝室に行きますが、貴方はどうしますか?」


「あっ、えっと……俺も行きます」


 何となく気になっていたのか、井川猛は神妙な面持ちでこちらを見据える。

緊張したようにゴクリと喉を鳴らす彼の前で、俺は直ぐさま踵を返した。

『井川美里の帰宅まで、あと三分くらいか』と思案しながら二階へ上がり、一番奥の部屋へ向かった。


「二人とも、こっちこっち。なんか、凄いことになっているよ」


 『これ、ヤバくない?』と苦笑を漏らし、悟史は開け放った扉の向こうを指さす。

その先を追うように視線を動かすと、俺は絶句した。

隣に立つ井川猛も、異様な空気を感じ取ったようで……小さな悲鳴を零す。


「な、なん……なんスか、これ……」


 呆然とした様子でそう呟き、井川猛は腰を抜かした。

目を白黒させながら震え上がる彼の横で、俺は寝室へ足を踏み入れる。

悟史もそれに続き、キョロキョロと室内を見回した。


「いやぁ、見事に────子狸のしようとしていた儀式と同じだね」


 設置された祭壇やロウソク立てを見て、悟史は小さく肩を竦める。

『御札はちょっと違うね』と呟く彼を前に、俺は一つ息を吐いた。


「よく分かったな」


「そりゃあ、これだけ既視感あったらね。でも、どうして井川夫妻はこんな儀式をやろうと思ったんだろう?てか、まず対象は誰なの?」


 祭壇に置かれた御札をじっと眺めつつ、悟史は小首を傾げる。

『達筆すぎて読めないなぁ』とボヤく彼を他所に、井川猛がハッとしたように目を見開いた。

と同時に、井川美里とスーツ姿の男性が部屋へ駆け込んでくる。

文字通り、血相を変えて。


「そこで、何をしている……!」


 父親の井川學と思しき男性は、厳しい顔つきでこちらを睨みつけた。

焦りと怒りを露わにする彼の横で、井川美里はスーパーのレジ袋を床へ叩きつける。


「勝手に部屋へ入るなんて、どういう神経をしているの……!猛の友人とはいえ、こんなの許されないわよ!」


 『学校と親御さんに連絡する!』と言い張り、井川美里はこちらへ詰め寄ってきた。

目を吊り上げて憤慨する彼女に対し、俺も悟史も顔色一つ変えない。

こういう修羅場には、慣れているため。


「勝手に部屋へ入ったことは、すみません。完全に俺達が悪いです。でも────娘の井川珠里さんを生き神・・・にすべく、このような儀式を執り行うのは正直どうかと思います」


 そう言って、俺は御神体代わりの御札を手に取った。

例の如く木製のソレをじっと見つめていると、井川美里が狂ったように暴れ出す。


「それにっ……!触るなぁぁぁぁぁあああ!」

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