井川家

「分かりました。とりあえず、実際に貴方の家を見せてください」


 ────と、申し出た一時間後。

俺と悟史は井川猛の通う高校と同じ制服に着替えてから、家へ向かった。

というのも、両親に内緒で調査しないといけなかったため。

堂々と祓い屋であることを明かせば、警戒される恐れがあった。


 最悪、締め出しを食らって調査不可能になるし。まあ、それにしたって……


「……これはないだろ」


 もういい大人にも拘わらず学ランを着る羽目になり、俺はほとほと嫌気が差す。

なんだか、コスプレしているようで落ち着かないのだ。

『てか、どうやって手に入れたんだよ……』と考え、俺は調達してきた張本人である悟史を軽く睨んだ。


 クソが……こいつ、無駄にチャラいから似合うな。

マジで全然違和感ねぇ……。


 妙にノリノリの悟史を見て半分引きつつ、俺は大きく息を吐く。

────と、ここで家の鍵を開けていた井川猛がこちらを振り返った。


「じゃあ、打ち合わせ通りにお願いします」


 そう言って、井川猛はガラガラガラと引き戸を開ける。

と同時に、何とも言えない妙な気配が漂ってきた。


「この家、マジでなんかおかしいな」


「だね。邪気や穢れとは違うけど、こう……異質な感じ」


 上手く言葉に出来ないといった様子で言い淀み、悟史は悶々とした。

『何の気配なんだろ、これ』と呟く彼を他所に、井川猛は玄関へ入る。


「ただいまー!今日は学校の友達連れてきたから、後でお菓子持ってきてー!」


 『二階、行っているからー!』と声を掛け、井川猛は靴を脱いだ。

どうぞどうぞと促してくる彼を前に、俺と悟史も中へ足を踏み入れる。

お邪魔します、と挨拶しながら。

『なんだか、妙に緊張するな』と思案する中、玄関の正面にある扉が開いた。

と同時に、小綺麗な女性が姿を現す。

恐らく、井川猛の母親である井川美里だろう。


「ちょっと、猛。事前に連絡もなく、友達を連れてくるなんて何を考えているの?」


 眉間に深い皺を刻み、井川美里はこちらへ詰め寄ってくる。

恐らく、俺達が視える体質であることを悟って警戒しているのだろう。


「も、もうすぐテストだから一緒に勉強しようと思ったんだよ。連絡しなかったのは悪かったけど、そんなに怒ることないじゃん」


 『母ちゃんらしくないな』とボヤきつつ、井川猛はさっさと階段を上がる。

ボロを出す前に退散しようとする彼の前で、井川美里は大きな溜め息を零した。


「……夜までには、帰ってもらいなさいよ」


「それはまあ……もちろん。小鳥遊さ……くん達にも、予定とかあるだろうし。親御さんも心配すると思うから」


 『そこら辺はきちんとするって』と述べる井川猛に、井川美里は小さく相槌を打つ。


「そう。なら、いいわ。お母さんはちょっとスーパーに行ってくるから、お茶菓子は自分で用意しなさい」


 『騒ぎ過ぎないようにね』と釘を刺しつつ、井川美里は玄関へ足を向ける。

そのまま俺達の横を通り過ぎていき、開けっ放しの玄関から出ていった。

徐々に遠ざかっていく足音を前に、悟史は一先ず引き戸を閉める。


「ねぇ、家からスーパーって往復何分?」


「えっと……一番近いところでも、三十分くらいはすると思います」


「そっか。じゃあ、今のうちに家の中を案内してくれる?」


 カモフラージュのリュックを玄関脇に置き、悟史はさっさと家へ上がった。

勝手にスリッパまで出してズカズカ中へ入っていく彼を前に、井川猛は一瞬呆気に取られる。

が、慌てて二階建ての我が家を案内してくれた。


「────今のところ特に変わった点はない、か」


 お風呂やトイレまで見て回ったが、幽霊や妖の類いは見当たらない。

家中に漂う妙な気配を除けば、これと言っておかしな点はなかった。


「残るは、井川珠里の自室と井川夫妻の寝室だけだね」


 リビングのダーニングテーブルに寄り掛かり、悟史は『その二箇所で何か見つかればいいけど』と零す。

と同時に、掛け時計へ視線を移した。


「急いだ方が良さそうだね。どっち先に行く?」


「あ、あの……そのことなんですけど」


 おずおずといった様子で手を挙げる井川猛は、困ったように眉尻を下げる。


「妹の部屋はさておき、父ちゃんと母ちゃんの寝室には鍵が掛けられているんです。だから、中を確認出来るかどうか……」


 『無理やりこじ開けたら親にバレるし……』と悩む井川猛に、悟史はパチパチと瞬きを繰り返す。


「それって、カードやダイヤル式?」


「いえ、普通にキーを差し込んで開けるタイプですけど……」


「なら、問題ないね」


 学ランの内ポケットから針金を取り出し、悟史は得意げに笑った。


「鍵穴のタイプにもよるけど、五分くらいで空けられると思うよ」


「五分か……ちょっと長いな」


 残り時間が十分を切っていることもあり、俺は少し迷う。

井川夫妻の寝室だけ確認を諦めようか、と。

『もしくは後日に持ち越すか』と思案する中、悟史はおもむろに体を起こす。


「じゃあ、一旦二手に分かれる?壱成と猛は妹の部屋を確認。その間、僕が井川夫妻の寝室の扉を開ける。で、解錠でき次第二人に来てもらう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る