妖
「お二人とも、お下がりください。あの者達は恐らく────術か、何かで操られています。正気じゃありません」
『わたくしが対処します』と宣言し、セツは俺達を庇うように前へ出た。
と同時に、向かってきた人間達を凍らせる。
まあ、現実では何ともなっていないが。
ただ、あちらが勝手に『凍った』と勘違いしているだけ。
この世ならざるモノの攻撃は、基本精神に作用するため。
物理的にどうこう出来るタイプは、とても少なかった。
『それでも、これだけ出来れば充分だけどな』と考えつつ、俺は顎に手を当てる。
「これ、呪詛関連じゃないな。普通の霊障とも違う。多分────妖の仕業だ」
「何でそう思うの?」
心底不思議そうな表情を浮かべる悟史に、俺はこう答える。
「呪詛や悪霊関連なら、すげぇ臭い筈だからだ。あと、気配の感じからして妖っぽいから」
『あくまで俺の経験則だが』と話しつつ、周囲を見回す。
恐らく、術を掛けたのはつい先程……俺達が井戸の前を去ってから、今に至るまでの間。
予め仕込まれていたなら、集落の人達と出会った段階で気づいているからな。
つまり────相手はまだ近くに居る。
「チッ……!こういう探知系は俺じゃなくて、あいつの得意分野なのに」
『面倒くせぇ』と零し、俺は懐から御札を取り出す。
と同時に、軽く手首を掴まれた。
「────僕がやるから、いいよ。セイの言う通り、得意分野だから」
そう言って、背後からヌルリと現れたのはリンだった。
どうやら、こちらの予想通り楽々結界を突破してきたらしい。
『やあ』と片手を上げてニコニコ笑う彼は、俺の手から御札を抜き取った。
「思ったより、早かったな」
「一応、近くで待機していたからね。まあ、出発後わずか数十分で呼び出されるとは思わなかったけど」
『我慢が足りないんじゃない?』と嫌味を零し、リンは指に挟んだ御札をピンッと立てる。
「彼の者の居場所を示せ」
かなり呪文を省き、最後の命令文だけ口にするリンはそっと目を閉じた。
かと思えば、直ぐにある方向を見つめる。
「あっちだね。行こうか────セツ、集落の人々の方は任せたよ。一応、見張っておいて」
すっかり静かになった集落の人々を一瞥し、リンは歩き出す。
『畏まりました』と一礼するセツに軽く手を挙げ、建物の方に向かっていった。
俺と悟史もそのあとに続き、一番奥の納屋へ足を運ぶ。
「ここに例の妖が居んのか?」
「恐らくね。ついでにウチの者達も居る筈だよ」
「えっ?何で?人質にするため?」
思わずといった様子で口を挟む悟史に、リンはクスリと笑みを漏らす。
「さあ?それは行ってみないと、何とも言えないね。でも、ろくなことじゃないのは確かだよ」
納屋の扉に手を掛け、リンは『さて、行こうか』と意気込んだ。
が、開かない。
まあ、当然と言えば当然なんだが、鍵が掛かっていた。
『おっと……』と零す彼の前で、悟史は軽くストレッチする。
そして────
「ちょっと、どいて」
────軽く扉を蹴破った。それも、助走なしで。
『マジでこいつ化け物じゃん……』と唖然とする俺を他所に、悟史はズカズカ中へ入る。
「な〜んか、凄いことになってんね」
薄暗い室内を見回し、悟史は苦笑を漏らした。
『入っておいでよ』と促す彼の前で、俺とリンも納屋に足を踏み入れる。
と同時に、大きく息を吐いた。
「あー、はいはい。なるほどね」
「小物が頑張って、大物を演じようとした結果という訳か」
『涙ぐましい努力だね』と皮肉り、リンは眼鏡を押し上げる。
その視線の先には────風来家所属の祓い屋と思しき人間達が、横たわっていた。
四方をロウソクに囲まれた状態で。
恐らく、何かの儀式を行うところだったのだろう。
でも、俺達の出現により一旦中止した。
あともうちょっとだったのに、残念だな。
まあ、こっちとしてはマジで危機一髪だったけど。
『ギリ助かった』と肩を竦め、俺は懐に手を差し込んだ。
「悟史、結界を張れ」
「いいけど、範囲は?」
「この納屋くらい。媒介なくても、それくらい行けるだろ」
「まあね。
『任せて』と胸を張り、悟史はパンッと手を叩いた。
と同時に、ブツブツと呪文を唱える。
その途端、この場が澄んだような……空気が重くなったような感覚を覚えた。
よし、これで退路は塞いだ。あとは────
「────今回の騒動を引き起こした妖をシメるだけだ」
懐からミニボトルと御札を取り出し、俺は納屋の奥へ歩を進めた。
と同時に、納屋全体がギシギシと音を立てて軋む。
まるで、こちらを威嚇するみたいに。
「ここまで来てまだ姿を現さないとは、ちょっと往生際が悪いんじゃないか?」
「そうそう。もう逃げられないんだから、観念して出てきたら?」
笑顔でポキポキと骨を鳴らしながら、悟史は『まだ焦らす気?』と述べる。
が、相手は頑として出てこない。
その代わりと言ってはなんだが、建物の軋みはより大きくなった。
『いいから、立ち去れ!』と言わんばかりの態度を前に、悟史────ではなく、リンが痺れを切らす。
「君は無理やり引き摺り出される方が、お好みみたいだね。仕方ないから、その要望に応えてあげよう」
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