千人力

「でも、一つ確かなのは────これを壊して、妖を解放……もしくは殺すことでリンにSOSを出せることだ」


 封印の状態も、契約した妖の安否も術者はある程度把握出来る。

風の気を持つリンなら、尚更。

『多分、結界越しでも感じ取れるだろ』と思いつつ、俺はビー玉を割った。

その瞬間、ゆらりと煙のようなものが現れ、人の形を成す。


「────殺害はご勘弁を、壱成様」


 そう言って、頭を下げたのは白い浴衣と冷気を身に纏う黒髪の女性だった。

とても上品なオーラを漂わせる彼女の前で、俺は思わず目を剥く。


「おまっ……マジかよ。何でリンの腹心が、ここに……」


 そこら辺の祓い屋よりずっと強く、また忠誠心に厚い彼女の登場に、俺はたじろいだ。

すると、悟史にツンツンと横腹をつつかれる。


「ねぇ、これ誰なの?」


 『僕だけ置いてけぼりなんだけど』と不満を漏らし、悟史はジロリと彼女を睨んだ。

と同時に、黒髪の女性は慌ててお辞儀する。


「申し遅れました。わたくしは風来凛斗様と主従契約を交わしている妖────雪女のセツと言います。以後お見知りおきを」


「ふーん?僕は氷室悟史。よろしくね」


「はい、よろしくお願いします」


 ふわりと柔らかく微笑むセツに対し、悟史は『うん』と頷く。

少しばかり機嫌の良くなった彼を前に、俺は腕を組んだ。


 まさか、超有能なセツを回してくれるとは思わなかったな。

こいつが居れば、百人力……いや、千人力だ。


 心強い助っ人の登場に気を良くしつつ、俺は肩の力を抜く。


「事情はどこまで把握している?」


「恐らく、ほぼ全てでございます。壱成様と悟史様の会話も聞いておりますので」


「へぇー?盗み聞きなんて、いい趣味しているね」


 ここぞとばかりに嫌味を零す悟史に、俺は蹴りを入れた。


「人のスマホに追跡アプリを仕込んだお前にだけは、言われたくねぇ」


「えー?盗聴よりは良くない?」


「ぶっちゃけ、どっちもどっちだ」


 どんぐりの背比べであることを告げ、俺は腰に手を当てる。

と同時に、辺りを見回した。


「てか、セツが来るなら俺達必要なかっただろ」


「いえ、そんなことはございません。わたくし一人では、ここへ辿り着けませんでしたから」


「どういうことだ?」


 いまいち意味を理解出来ず問い掛けると、セツは困ったように笑う。


「そのままの意味でございます。わたくしはこの集落へ辿り着けなかったのです。あの結界のせいで。恐らく、自分の害となりそうなものは近づけないようにしているのでしょう」


 『何度か侵入を試みたのですが……』と述べる彼女に、俺は相槌を打つ。


「閉じ込めるだけでなく、場所を隠すことも出来るのか……となると、これは────単なる幻術というより、神隠しに近いな。それも、集落規模の」


「はい」


 『同意見です』と示すセツに対し、俺は嫌な顔をする。

出来れば、否定してほしかったから。


「はぁ……ったく、また面倒なことになりそうだな。つーか、何でセツのことを最初に教えてくれなかったんだ?」


「恐らく、相手にわたくしの存在を気取られる可能性があったからだと思います。いくら封印で力や気配を押し殺しているとはいえ、完全じゃありませんから」


「敵を欺くならまずは味方から、ってことか。あいつの考えそうなことだ」


 慎重派の幼馴染みを思い出し、俺はやれやれとかぶりを振る。

まんまとあいつの思い通りになって、悔しいような……ちょっとホッとしたような心境へ陥り、一つ息を吐いた。


 何はともあれ、リンの術中にハマっているならまだ安全だ。

少なくとも、ピンチではない。


「さて、こっからどうするか。リンの到着を待ってもいいが……」


「ストップ。まず、風来家の次期当主って結界の中に入れるの?」


 片手を挙げて問い掛けてくる悟史に、俺は失笑を漏らす。


「入れるに決まっているだろ。あいつは風来家……風の気を持つ祓い屋達のトップだぞ。さすがに結界を壊すのは難しいだろうが、あいつ単体で乗り込むのは十分可能だ」


「あぁ、そういえば風の気ってあらゆるところに繋がれる力を持っているんだよね」


 高宮二郎の一件を思い出したのか、悟史は『封印も掻い潜るくらいだから、余裕か』と納得した。

かと思えば、ふと後ろを振り返る。


「なら、風来家の次期当主の到着を待った方がいい────と言おうと思ったけど、そうもいかないっぽい」


 『ほら』と言って建物の方を指さし、悟史は苦笑を漏らした。

釣られるがままそちらへ視線を向けると、そこには────先程気絶させた筈の者達の姿が。


「なあ、スタンガンによる気絶ってこんなに短いのか?」


「いや?あれ海外製だったし、中をいじって電圧を上げていたみたいだから、三十分程度じゃ起きない筈だよ。起きても、まともに動けないだろうし」


 『手足の痺れ&俺からの打撃で』と言い、悟史はネクタイを緩める。

やる気満々の彼を他所に、セツはスッと目を細めた。


「お二人とも、お下がりください。あの者達は恐らく────術か、何かで操られています。正気じゃありません」

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