お守りの中身

「あっ、やっぱり?じゃあ、ちゃちゃっと片付けるから少し待っていて」


 スタンガンで男性に追い討ちを掛けつつ、悟史は『これ、僕の得意分野だし』と宣う。

その手には、男性の持っていた斧が追加されていた。

敵から物資を奪って武装化していく彼に対し、俺はただ


「ウン……アトハ……マカセタ……」


 と、首を縦に振る。

『情けない』とか『格好悪い』とか考える余裕もなく、井戸の前で小さくなっていた。


 だって、祓い屋の力は基本この世ならざる者にしか通じないし……物理で来られたら、どうしようもないし。


 『多分、風来家の奴らも集落の人々に襲われて敗北したのだろう』と思いつつ、カタカタ震える。

自分で言うのもなんだが、物理はクソ雑魚だから。

『ケンカ……マジデ……ムリ……』と苦悩していると、辺りは急に静まり返る。


「壱成、終わったよ〜。全員スタンガンで眠らせたから、多分しばらく起きないと思う」


 爽やかな笑顔でそう言い、悟史は手に持ったスタンガンや斧をポイッと投げ捨てた。

『組の抗争に比べれば、全然楽だったな〜』と零す彼を前に、俺は少し引いてしまう。

これより激しい戦いを繰り広げているのかよ、と思いながら。


「俺、これからはお前を怒らせないようにするわ……」


「えっ?壱成に怒ることは多分ないから、大丈夫だよ?仮に怒ったとしても、暴力は振るわないって。社会的、もしくは精神的にじわじわ追い詰めていくだけ」


「いや、それはそれで恐ろしいわ!」


 『笑顔で何言ってやがる!』とツッコミを入れ、俺は数歩後ろへ下がった。

が、井戸のせいですぐ行き止まりに。

『クソッ……!場所が悪すぎる!』と嘆く中、悟史はふと辺りを見回した。


「それで、これからどうする?蓮達と合流して、帰る?」


「あー……うん、そうだなぁ」


 まだ集落の人達が何故こんなことをしたのか掴めていないものの、深入りして藪蛇になるのは避けたい。

武器まで出してくるような事態となれば、慎重にならざるを得ないだろう。


 ぶっちゃけ、さっきのはヤバかったし。

悟史を連れてきてなかったら、確実に詰んでいた。


「多分リンは文句を言うだろうけど、ここら辺で引き返すか」


「じゃあ、蓮達に連絡しておくね」


 『集落の前に車を回すよう言わなくちゃ』と述べ、悟史はスマホを取り出した。

かと思えば、ピタッと身動きを止める。


「ねぇ、壱成。残念なお知らせだよ────電波が通ってない」


「はっ?ここ、そんなに田舎なのか?」


 『現代でそんなこと有り得るのか』と驚き、俺も自分のスマホを確認する。

すると、悟史の言う通り圏外になっていた。

『アンテナが一本も立たないって……』と嘆息し、俺はスマホをポケットに仕舞う。


「しょうがない。車のところまで、歩いて行くぞ」


「えっ?マジ?結構距離あるよ?」


「電波が通ってねぇーんだから、仕方ないだろ」


 『ほら、案内しろ』と悟史の尻を叩き、俺は来た道を引き返す。

────が、一向に集落の入り口へ辿り着かない。

道は合っている筈なのに……ずっと、田んぼの畦道を歩いている。


 行きに、遠回りしたせいか?それとも────


「────あの結界のせいか?」


 入り口を通った際に感じたあの感覚を思い出し、俺は『チッ……!』と小さく舌打ちした。

あのときは風来家の人間が張ったものと思い、大して気にしてなかったから。


「これほど広範囲となると、相手は只者じゃねぇーな。相当の手練だ」


「僕と壱成じゃ、勝てないレベル?」


「そこまでは分かんねぇ……」


 『情報が少なすぎる』と告げ、俺はガシガシと頭を搔いた。

思ったより悪い状況に焦りつつ、懐からあのお守りを取り出す。

まだ怪我や霊障を負った訳ではないため、リンに頼るのは早いかもしれないが……手遅れになるよりはいいだろう────と判断し、袋の紐を解く。

と同時に、中から出てきたのは透明なビー玉だった。


「なるほど。あいつらしいと言えば、らしい連絡手段だな」


「どういうこと?」


 横から俺の手元を覗き込み、悟史は『普通のビー玉……じゃなさそうだね』と訝しむ。

悶々とした様子で考え込む彼を前に、俺は小さく肩を竦めた。


「このビー玉には────リンの契約した妖が、封印されているんだよ」


「えっ?妖?」


 これまで神や幽霊としか関わったことのない悟史は、パチパチと瞬きを繰り返す。


「妖って、確か────天に昇れなくなった存在で、尚且つ感情や理性を持っているモノの総称だよね?」


「そうだ。悪霊とは、また違う分類のこの世ならざるものだ」


 『物の怪やお化けとも言うな』と補足しながら、俺はビー玉をじっと見つめた。


「で、妖の最大の特徴は人間と契約出来ること。主に祓い屋と主従契約を交わして、仕えている。所謂、使い魔みたいなものだな」


「ふーん?それで、どうして封印されているの?」


「知らね」


 『リンに聞けよ』とぶっきらぼうに言い放ち、俺はギュッとビー玉を握り締める。


「でも、一つ確かなのは────これを壊して、妖を解放……もしくは殺すことでリンにSOSを出せることだ」

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