「君は無理やり引き摺り出される方が、お好みみたいだね。仕方ないから、その要望に応えてあげよう」


 『ほら、僕優しいから』と言い、リンは奥の祭壇へ近づいた。

かと思えば────祭壇を覆う白い布に手を掛ける。

と同時に、そこから物凄いスピードで子狸が飛び出した。

『あああああぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!』と雄叫びを上げながら。


「やっと、出てきたか」


 『手間掛けさせやがって』とボヤき、俺は御札を投げつける────ものの……案の定、弾かれた。


「チッ……神のなりそこないは厄介だな」


「まだ完全に神化してないだけ、良かったと思うべきだよ」


 追加の御札を用意しつつ、リンは小さく肩を竦める。

────と、ここで子狸が眉間に皺を寄せた。


「き、貴様らが邪魔してこなければ完全な神になれたんだ!」


「完全な神、ねぇ……まあ、確かに視える体質の人間を集めて生贄にし、その力を吸収すれば神の末席へ加わることは可能だろうけど────そんなの成り金ならぬ、成り神だぜ?」


 『アマチュアもいいところ』と吐き捨て、俺はミニボトルの蓋を開けた。

中身を軽く口に含む俺の前で、子狸は身構える。


「それでも、神は神……!他の妖とは、一線を画する!」


「信者数二十人程度で歴史もない新米神なんて、他の妖とほぼ変わらないさ。名乗るべき肩書きが増えるだけ」


 『君の思うほど価値はない』と言い切り、リンは手首を軽く噛みちぎった。

そして流れ出てきた血を、御札へ垂らす。

自分の体の一部を加えることによって、効力が増すから。


「少なくとも、僕の部下を奪ってまで僕の恨みを買ってまでやることじゃないね」


「いまいち話に付いていないけど、無駄な抵抗はやめておいた方がいいんじゃない?」


 『時間を浪費するだけだよ』と意見する悟史に、子狸は低く唸った。

かと思えば、俺やリンには目もくれず悟史へ飛び掛かった。

『結界を張った術者であるこいつさえ殺せば、外に出られる』と思ったのだろう。

でも、残念。そっちは────


「うわっ……!?何この感触」


 ────ゴリゴリの武闘派だ。

両手に結界を纏わせて子狸を叩き落とした悟史は、『変な感じ』と喚く。

これまでこの世ならざる者を殴った経験がないため、困惑しているのだろう。


 いや、普通の祓い屋は術で対抗するんだけどな。

あんな戦い方は基本しねぇーよ。


 悟史の編み出した手法に嘆息しつつ、俺は『本当に通じるとは……』と少し呆れる。

理論上可能な戦い方とはいえ、まさか実戦で活かせるとは思わなかったため。

『こいつ、やっぱ化け物だ』と確信する中、子狸は口から炎を吐いた。

が、結界を纏う拳で殴られ、弾かれる。

『なんという脳筋……』と半ば感心する俺を他所に、子狸は地面へ着地した。


「くっ……!こうなったら、仕方ない!全霊力を解放し、叩きのめす!」


 力で押し切る算段なのか、子狸は凄まじい霊力を放つ。

集落の人々に崇め奉られていた影響か、かなりパワーアップしている模様。

カタカタと揺れる棚や祭壇を他所に、子狸は大きく息を吸い込んだ。

かと思えば────真っ赤な炎を吐き出す。


「貴様らなど、焼き払ってくれる……!」


 その言葉を合図に、炎は辺り一面に広がって行く────筈が、


「な、何をする……!?」


 口に含んだ酒を吹き掛けた俺によって、消火された。

そのため、結界を焼却することすら出来ていない。


「俺らがただ大人しくやられるだけだと思ったら、大間違いだぜ」


「君の霊力は確かに恐るべきものだけど、単純に火を吹くだけじゃ僕達は倒せないよ」


 血に濡れた御札を指に挟み、リンはゆるりと口角を上げる。

と同時に、足元から紐のような……髪の毛のようなものが伸びて、子狸を拘束しようとした。

が、あえなく失敗。焼き払われてしまった。


「このままだと、持久戦になりそうだなぁ」


「それでも、僕は構わないけど……結界は持ちそう?」


「多分、大丈夫じゃないかな?長時間、結界を張ったことがないから何とも言えないけど。でも、今のところ体調に変化はないよ」


 『すこぶる快調』と明るく笑い、悟史はおもむろに何かを踏みつける。

よく見ると、そこには糸状の炎が。

どうやら、子狸はこっそり悟史だけ排除しようとしていたらしい。

でも、戦闘慣れしている悟史にあっさりバレて撃退されてしまった、と。

『こいつの隙をつくのは、どう頑張っても無理だろうな』と思いつつ、俺はポケットから数珠を取り出した。


「なあ、今更聞くんだけど────子狸は生け捕りか?それとも、除霊?」

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