Episode2
講義
◇◆◇◆
────さて、悟史を弟子に迎え入れてから十日ほど経過した訳だが……
「まっっったく音沙汰がない」
顔を合わせることはおろか、コンタクトを取ってくることすらない。
まさに完全放置状態。
いや、まあ相手はヤクザの跡取りだし、忙しくて当然か。
むしろ、毎日講義に来ていた方が異常だ。
なので、別に構わないんだが……
「連絡先を交換してないから、家を空けていいのか分かんないだよな」
会うとなったら直接自宅を訪れるくらいしか方法がないため、俺はなかなか外に出られなかった。
だって、もし講義を受けに来て俺が不在だったら夜逃げしたと疑われかねないし……。
相手がヤクザということもあって慎重になる俺は、腕を組んで考え込む。
────と、ここでスマホより着信が。それも、見たことのない番号だ。
『なんだ、イタズラ電話か?』と思いつつ一先ず応答すると、
『壱成、今暇?』
と、聞き覚えのある声で尋ねられた。
友人と通話するような軽い調子に、俺は眉を顰める。
「おい、何で俺の連絡先を知っている?────悟史」
『教えた覚えはないぞ』と訝しむ俺に対し、悟史はケロッとした様子でこう答える。
『えっ?普通に調べただけだけど?』
「はぁ!?」
『この前、連絡先を交換し忘れちゃったからさ。知っておかないと、お互い不便だと思って。あっ、僕の連絡先はね』
悟史は淡々と電話番号やメールアドレスを話し、こちらにメモを取るよう要請する。
自分のペースを全く崩さない彼に、俺はなんだか毒気を抜かれてしまった。
『何なんだ、こいつ』という思いは残ったままだが。
「はぁ……とりあえず、分かった。登録しておく」
『うん。じゃあ、また変わったら教えるね』
「はっ?『また』って……そんなに連絡先って、変わるものなのかよ?」
『う〜ん……普通は多くても、年一くらいじゃない?でも、僕達みたいな裏稼業の人間は色んなところから情報を狙われているからね。定期的に変えないと、足がついちゃうんだよ』
うわ……なんだ、その裏稼業あるあるは。物騒だな。
などと考えていると、悟史の方から車や風の音が聞こえてきた。
『ん?屋外に居るのか?』と首を傾げる俺は、ふと────こちらへ近づいてくる人の足音を耳にする。
「……ちょっと、待て。お前────」
「『ごめん、来ちゃった』」
通話音声と肉声の両方でそう言い、悟史は当たり前のように玄関の扉を開けた。
前回同様、ピッキングで。
『無駄に器用だな、おい』と眉を顰める俺に対し、悟史はヘラヘラ笑いながら通話を切る。
「いやぁ、『ダメ』って言わなかったからいいのかと思って」
「なんだ、その思考回路は。早合点にも、程があるだろ。てか、第一こっちに来るなんて聞いてねぇーよ」
『“今暇?”の言葉だけで、そこまで分かるか』と叱り、俺は大きく息を吐いた。
弟子の件を引き受けたのは失敗だったかもしれない、と後悔しながら。
「まず、何しに来たんだよ」
「そりゃあ、もちろん講義を受けに」
「事前予約必須だ、帰れ帰れ」
『飛び込みNGだぞ』と主張し、俺はヒラヒラと手を振った。
すると、悟史は懐から分厚い封筒を取り出し、ニッコリ笑う。
「今、講義をやってくれるなら────別途料金、三十万支払うよ」
『ほら』と言って、悟史は分厚い封筒を差し出した。
よく見ると銀行のマークが入ったソレを前に、俺はゴクリと喉を鳴らす。
「……お前、俺の扱い着実に上手くなっているな」
「単に壱成がカネコマなだけだと思うけど」
「うるせぇ。まあ、とりあえず取り引き成立だ」
『今から、講義してやる』と宣言し、俺は封筒を受け取った。
と同時に、居間の中央を陣取るテーブルの前へ腰を下ろす。
「じゃあ、まずは基礎から説明する」
「おっけー」
テーブルを挟んだ向かい側に座り、悟史は頬杖をついた。
すっかり寛いでいる様子の彼を前に、俺は腕を組む。
「霊力の持つ気については、以前説明したよな?」
「うん。火水土風の四つあるんでしょ」
「ああ」
『しっかり覚えているな』と感心しつつ、俺は手を差し出した。
すると、悟史は不思議そうな表情を浮かべる。
「何?もっと金を出せってこと?」
「いや、違うわ。お前は俺をなんだと思っているんだ」
『そこまで守銭奴じゃねぇーよ』と呆れ、俺は大きく息を吐く。
「この前、俺の渡したお守りを出せって言っているんだ」
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