ヤクザの弟子入り

 『才能の領域にあるものだ』と考えつつ、俺は目頭を押さえた。

まさか、弟子を取るような事態になるとは思わず……しかも、相手がヤクザの跡取りなんて。


「最悪だ……」


「本人を目の前にして言うことじゃないね〜。まあ、お世辞を言われるよりマシだけど」


 『僕は素直な人、わりと好きだよ』と言い、氷室悟史はうんと目を細めた。

どこかこの状況を楽しんでいるように見える彼の前で、俺はスマホを取り出す。

と同時に、とある人物から電話が掛かってきた。

まるで、こちらの様子を窺っていたかのようなタイミングだ。


「チッ……!あいつ、また観て・・いたな」


 『覗き魔め』と毒づきながら応答ボタンを押し、俺は耳にスマホを当てる。


「おい、こら!リン・・!これは一体、どういうことだ!?」


 開口一番に怒鳴り散らすと、通話相手は楽しげに笑った。


『相変わらず、セイ・・は怒りっぽいね』


 俺のことをあだ名で呼び、親しげに話し掛けてくるこいつこそ────風来家の次期当主である風来凛斗りんとだった。

面倒事を尽く丸投げしてくる奴、とも言う。


『そんなんだから、彼女が出来ないんじゃない?』


「余計なお世話だ!てか、事情を説明しろ!」


『説明も何も、氷室組の若頭が言った通りだけど?』


「はっ!?視えるキッカケとなった祓い屋は、俺の他にも居るだろ!風来家の人間が何度かお祓いをしに来ていたことは、知ってんだぞ!」


 ネタは上がってんだ!と言わんばかりに、俺は強気に出た。

が、リンは相変わらず飄々としている。


『うん。でも、決定打を放ったのは確実にセイでしょ?』


「だからって、俺に全ての責任をおっ被せるなよ!大体、依頼によって生じたトラブルは全部そっちで解決する契約だろ!」


 一応すぐそこに当事者が居るのだが、俺は気にせず捲し立てた。

すると、リンは心底不思議そうに『えぇ?』と零す。


『確かにそういう取り決めはしたけどさ、これって果たしてトラブルと言えるのかな?』


「はぁ?何を言って……」


『だって、相手は────受講料として、月に二十万支払うって言っているんだよ?』


「にじゅ、二十万……!?」


 思わず復唱してしまう俺に対し、リンはクスッと笑う。


『うん。しかも、講義日数に拘わらず一律で。要するに講義のなかった月でも、二十万を支払うってこと』


「なっ……!?」


 これでもかというほど目を見開き、俺は氷室悟史の方を向いた。

『本気か!?』と視線だけで問う俺に、彼は迷わず首を縦に振る。


「ちなみに講義を受けた際はその内容や時間によって、別途料金を支払うよ」


「べ、別途って……!いくら何でも、多すぎだろ……!?」


「そんなことはないよ。相手の貴重な時間を割いてもらうんだから、これくらい払って当たり前」


 金銭を支払うのが礼儀とさえ思っている氷室悟史に、俺はギョッとした。

────と、ここで会話を聞いていたリンが割り込んでくる。


『まあ、そういう訳でセイにとっても悪くない話だと思うんだよね。少なくとも、“今月の家賃が払えないー”って僕に泣きついてくる事態はしばらく防げるよ』


「……な、泣きついてはねぇーよ」


『ははっ。まあ、そういうことにしておこう。とにかく、氷室組の若頭の面倒は頼むよ』


「……」


 美味い話であることは理解したが、ここで素直に了承するのもなんか癪でつい黙りこくる。

すると、リンはやれやれとでも言うように溜め息を零した。


『分かった。そんなに嫌なら、こっちで引き受けるよ。その代わり、二十万+‪αは僕の懐に入……』


「誰もやらねぇとは言ってないだろ!」


 二十万+‪αを取られると思い、俺は慌てて言い返した。

『こっちに優先権があるんだ!』と主張すると、リンは小さく笑う。


『ふ〜ん?じゃあ、やるんだね?』


「おうよ!────あっ……」


 つい目先の欲に囚われて、頷いてしまい……俺はハッとする。

『クソッ……!またリンに嵌められた!』と肩を落とし、悶々とした。


 いや、だってしょうがないだろ……!

このご時世、祓い屋稼業で食っていけるのはほんの一握りなんだから!

どこにも所属していないフリーの祓い屋なんて、特に廃業の危機なんだよ!


 化学の発展によりどんどん居場所を奪われていく祓い屋という仕事に、俺は嘆息する。

正直、普通にサラリーマンとして働いた方が稼げるものの……頭脳も容姿も運動も平均並みの俺にとって、誇れる能力はこれくらいしかないのだ。


 自分で言うのもなんだけど、祓い屋の腕はかなりいいからな。

そこら辺のやつより、全然使えると思う。

まあ、だからこそリンに面倒事を押し付けられる訳だが。


 『万年金欠の身としては助かるっちゃ助かるけど』と思いつつ、通話を切る。

と同時に、氷室悟史へ向き直った。


「話は聞いていた通りだ。お前の弟子入りを許可する」


 釈然としない気持ちをぶつけるように、俺はちょっと偉そうな態度を取る。

が、氷室悟史はあまり気にしていないようだった。


「助かるよ。ところで、君のことはなんて呼べばいい?師匠?先生?それとも、セイとか?」


「普通に壱成でいい」


「じゃあ、それで。あっ、僕のことも悟史でいいから」


「了解」


 コクリと頷いて了承し、俺はおもむろに手を差し出す。


「そんじゃ、まあ……改めて、よろしくってことで」


「こちらこそ」


 ニッコリ笑って握手を交わす悟史は、『仲良くしようね』と意気込んだ。

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