依頼完了
「ヤンチャも程々に、ね。母さんらしいセリフだな」
なんだ、こいつにも視えていたのか?
まあ、親族との幽霊は波長が合いやすいし、ここは霊力で満たされていたから一時的に姿や声を感知出来てもおかしくないが。
『最期の最期で会えたのか』と思いつつ、俺は御札を四方に貼る。
ついでに組長の胸元にも。
『これで準備完了』と身を起こし、俺は部屋の中央付近で左手の人差し指と中指を立てた。
「祓いたまえ、清めたまえ。
その言葉を合図に、御札はほのかな光を放ち……と言っても、視える体質の人しか見えないが。
とにかく効力を発揮し、この部屋と組長の体を一気に浄化した。
おかげで、周囲はどこか澄んだ空気になる。
「これにて、依頼完了です」
依頼人の氷室悟史へ向き直り、俺は取ってつけたような敬語を使った。
『やべぇ……いつの間にか、タメ口で話していた』とヒヤヒヤしながら。
白々しいかもしれないが、終わりよければすべてよしという言葉に倣って何とか乗り切ろうとする。
「
『現代医学でしっかり治療してください』と言い残し、俺は半ば逃げるようにして氷室組の本家を去った。
────その翌日、予定より高額な報酬を振り込まれ、ホクホク顔で自宅のアパートを駆け回る。
本来であればご近所迷惑だが、ここは所謂訳あり物件で俺しか入居者が居ないため気にせず足音を立てた。
たった一回の依頼で、六十万……!これなら、しばらく仕事しなくても生きていけるな!
ヤクザの依頼を丸投げされたときはマジでどうしようかと思ったけど、受けて良かった〜!
「まあ、二度と御免だけどな!」
「────何が?」
そう言って、玄関の扉からこちらを見つめるのは────氷室組の若頭である氷室悟史だった。
何食わぬ顔で玄関に足を踏み入れる彼は、『わぁ……凄いボロい』と宣う。
何故か部屋に上がる気満々の彼を前に、俺はギョッと目を見開いた。
「なん……なん!?」
上手く言葉にならないまま問い掛けると、氷室悟史はニッコリ笑う。
「何でここに居るか、って?それは風来家の次期当主に君を頼るよう、言われたからだよ」
「はっ……!?」
「あぁ、それとも扉のこと?これはね、針金で開けたんだ。昔の鍵って、こう……かる〜く回せば、あっさり開くからさ」
ヘアピンを真っ直ぐに伸ばしたような棒を軽く揺らし、氷室悟史はゆるりと口角を上げた。
かと思えば、玄関の扉を閉めて施錠する。ついでにチェーンロックも掛けていた。
「一応、インターホンは押したんだよ?でも、全然気づいてくれなかったからさ、強行突破しちゃった」
「『しちゃった』じゃ、ねぇーよ!まあ、電気代が勿体ないからってインターホンの電源を切っていた俺も悪かったけど!」
貧乏であるが故の節約術だったことを明かし、俺は頭を抱え込む。
未だに現状へついていけなくて。
『マジで何で居るんだ、こいつ!』と混乱しつつ、一旦深呼吸した。
「もうこの際、扉のことはどうでもいい……です!なので、とりあえずここに来た経緯を詳しく説明!ください!プリーズ!」
「いや、無理に敬語を使わなくてもいいよ。多分、これから長い付き合いになるんだから」
『僕も使わないし』と述べ、氷室悟史は小さく肩を竦める。
おい、待て。今、凄い不穏なセリフが聞こえたぞ?
『これから長い付き合いになる』って、何だ?
俺はヤクザの跡取りと仲良くする気なんて、ないんだが……!?
面倒事の匂いしかしない発言に、俺は表情を強ばらせる。
思わず及び腰になる俺の前で、氷室悟史は自身の顎に手を当てた。
「えっとね、簡潔に言うと────昨日の件で、僕は視える側の人間になっちゃったから君に祓い屋としての指南をお願いしたいんだ。所謂、弟子入りってやつ?」
『僕の
「は、はっ……?弟子入り……?」
「うん。祓い屋界隈では基本、視えるキッカケとなった人物がその面倒を見るんだろう?風来家の次期当主が言っていたよ」
「いや、それは……そうだけど……」
視える体質の人間というのは、器に収まっている筈の霊力を解放してしまった者のこと。
そのため、霊力に釣られてやってきた幽霊やら妖やらに襲われやすい。
なので、自衛の術を身につけるまではしっかり保護しないといけないのだ。
昔は視えるようになった人間を育成する機関があったけど、祓い屋の減少により自然消滅。
ただ、雛鳥同然の新米達を放置するのは如何なものかとなり、視えるキッカケとなった人物が新米を育てる決まりになったのだ。
というのも、視える体質になる原因の約三割がお祓いや儀式を間近で見てしまったことだから。
あとは生まれつきだったり、心霊スポットでこの世のものではない存在の影響を受け過ぎてだったり……。
まあ、それでも大半の人間は何ともないんだけどな。
霊力の解放って……視えるようになるって、そう簡単じゃないから。
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