「この前、俺の渡したお守りを出せって言っているんだ」


 悟史を弟子に取ると決めた日、一先ず護身用の祓い屋グッズを幾つか渡したのだ。

こいつはただでさえ恨みを買いやすい職業で敵も多いため、用心した方がいいと思って。

何より、祓い屋の師弟関係には弟子を守る意味合いもあるから。


「お守りって、どれ?」


「香り袋のやつだ」


「香り袋……?そんなのあったっけ?」


「はぁ……白いやつだよ」


「あぁ、これね」


 スーツの内ポケットから手のひらサイズの袋を取り出し、悟史はこちらに手渡す。


「これって、香り袋だったんだね。全然匂いがしなかったから、普通のお守りかと思っていたよ」


「まあ、これは持ち主の気の種類によって匂いが変わるからな。火なら焦げた匂い、水なら雨の匂い、土なら草の匂い、風なら無臭」


 『その特性を利用して気を選別するんだ』と説明すると、悟史はまじまじと香り袋を見つめた。


「なら、僕の持つ気は風かな?ほとんど匂いしなかったし」


「いや、最近視えるようになったやつはまだ力が不安定だから、匂いを感じ取れなかった可能性もある。第一、余程危険が迫っている時でもなければ顔を近づけない限りあんま香んないしな」


 『常時、焦げた匂いや雨の匂いがしたら嫌だろ』と肩を竦め、俺は香り袋に顔を近づけた。

嗅覚に意識を集中してゆっくりと息を吸い込み、スッと目を細める。


「なるほど……お前の持つ気は────多分、土だな」


「えっ?マジで?」


「マジで。ほら、嗅いでみろ」


 香り袋を投げ渡し、俺は『草の匂いがする筈だぞ』と述べる。

すると、悟史は首を傾げながら香り袋の匂いを嗅いだ。


「あっ、本当だ。超草」


 おもむろに顔から香り袋を離し、悟史は少しガッカリした様子を見せる。


「あー……マジかぁ。僕、風か火が良かったんだけどなぁ」


「はっ?何でだよ?」


「強そうだから?」


「それは当たっているが、土の気を持つ祓い屋はある程度実力があればどこでも引っ張りだこだぞ」


 『人気の属性だ』と教えると、悟史は少しばかり表情を和らげる。


「本当?」


「ああ。土の気を持っているやつは、大体結界や封印が得意だからな。戦闘場面の防御や強敵相手の最終手段として、重宝される」


「強敵相手の最終手段ってのはいいけど、戦闘場面の防御はちょっとなぁ。要するにサポートでしょ?なんか地味」


 若干頬を膨らませ、悟史はフイッと視線を反らす。

まるで子供のような反応を示す彼に、俺は思わず苦笑を漏らした。


「まあ、役割だけ見ればそうかもな。でも、実際問題現場では大活躍だぞ。土の気を持つ祓い屋が居るかどうかで、作戦の内容も変わってくるし」


「だとしても、やっぱ釈然としない〜。僕は格好よく、幽霊やらなんやらを退治出来る役割がいいんだよ」


 男なら一度は憧れるヒーローみたいな存在になりたいのか、悟史はムスッとしたままだった。

すっかり拗ねてしまう彼の前で、俺は『いや、お前ヤクザじゃん』というツッコミを何とか呑み込む。


「確かに土の気を持つやつに除霊は難しいが、全く出来ない訳じゃ……」


「ねぇ、そのジョレイって何なの?」


 ふと気になった様子で問い掛け、悟史は少し身を乗り出した。

『祓い屋の専門用語?』と小首を傾げる彼に、俺はスマホのメモ帳で書いた除霊の文字を見せる。


「除霊は簡単に言うと、実力行使で幽霊や妖を追い払うこと。あの世へ送ること然り、特定の場所から出ていってもらうこと然り……全部引っ括めて除霊って言う」


「ふーん」


「ちなみに話し合いや取り引きで、幽霊や妖を追い払うのは浄霊」


 スマホのメモ帳でついでに浄霊の文字も書き、俺は『覚えておけ』と告げた。

と同時に、悟史がふと顔を上げる。


「じゃあ、前回母さんにやったのは浄霊?」


「そうだ」


 お清めこそしたものの、天へ昇ったのは悟史の母親の意思であり、力だったため。

俺が強制的に成仏させた訳では、なかった。


「水の気も土と同じく除霊向きじゃないし、あのときは浄霊可能な状況だったからな……ん?メール?」


 スマホの画面に映った通知が目に入り、俺はパチパチと瞬きを繰り返す。

スパムか何かだろうかと思いつつ受信ボックスを開き、小さく笑った。


「────依頼だ」


「えっ?今?」


「ああ。せっかくだし、一緒に行くか?まあ、また・・イタズラかもしれないけど」


 メールの文面を眺めつつ、俺は小さく肩を竦める。

これまでの苦い記憶を思い返す俺の前で、悟史は驚いたように目を見開いた。


「はっ?イタズラで依頼してくるやつなんて、居るの?」


「全然居るぞ。なんせ、こっちはネットを介して依頼を募っているからな。面白半分に依頼して、おちょくってくるガキなんて五万と居る」


 『依頼の七割はイタズラだ』と告げると、悟史はどこか呆れたような表情を浮かべた。


「なら、ネット募集なんてやめればいいのに」


「そうも行かないんだよ。このご時世、祓い屋の仕事は本当に少ない。こうでもしなきゃ、食っていけないんだよ。風来家みたいなデカいところは昔ながらのお得意様やコネがあって、何とか赤字を出さずに済んでいるみたいだけど」


 『俺みたいなフリーはマジで火の車』と説明しながら、メールの文章を読み終える。

と同時に、スッと目を細めた。


「今回は幸か不幸か、ガチの依頼みたいだな。それも、かなり厄介な……」


「えっ?メールを読んだだけで、分かるものなの?」


「大体はな。何年、この仕事をやっていると思ってんだよ。イタズラ系の依頼の特徴はもう掴んだわ」


「あっ、そっちね」


 『なんだか、悲しい能力……』と苦笑し、悟史は自身のスマホを手に取る。

そして素早く操作すると、おもむろに腰を上げた。


「とりあえず、依頼には同行するよ。祓い屋のリアルなお仕事、見てみたいし」

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