第32話 プロポーズ


 昼を告げるチャイムが鳴り、校内では授業を終えたばかりの生徒たちが騒がしく食事の準備をしていた。

 

 そんな中、隣の教室で弁当を用意していたルアに、私——彩弓あみは声をかける。


「よう、ルア」


 すると、ルアは私を見るなり口の端をあげた。


 最初の頃よりもくだけた印象になったルアだが、刺々とげとげしかった雰囲気も今ではすっかり柔らかくなっていた。

 

「彩弓、お昼はどうするの? 食堂で食べる?」

「いや、今日は姉の弁当があるから、中庭で食べたい。それに見せたいものがあるんだ」

「晴れてるから、外もいいわね。でも見せたいものって何?」

「ここではちょっと見せられない」

「わかった。中庭ね」


 中庭に移動した私たちは、ベンチに座って食事を始めた。

 

 私が姉のサンドイッチを頬張る中、ルアは重箱に箸をつけながら訊ねてくる。


「それで見せたいものってなんなの?」

「もぐもぐ……伊利亜ジュニアの新しい衣装を作ったんだ」


 私が宇宙服を着せたジュニアを見せると、ルアは目を丸くする。


「彩弓にこんな特技があったなんて……凄いじゃない」

「あと、お姫様の衣装も作ったんだが、戦う時はやっぱり道着だな」

「お姫様って……伊利亜ジュニアって女の子なの?」

「性別は問題ない。ジュニアはなんでも似合うからな」

「……そうね。彩弓はもしかして将来、服飾系に進みたいの?」

「服飾というか、ぬいぐるみ職人になりたい」

「ぬいぐるみ職人って、どうやってなるの?」

「私もわからないが、とりあえずコンテストに出してみようと思う」

「腕試しね。彩弓が作ったぬいぐるみ……見てみたいわ」

「ああ、完成したら見せる」

「楽しみにしているわ」


 ルアは本当に嬉しそうに笑う。なんだかこっちまで嬉しくなる笑顔だ。

 

 友達というのは、なんと素晴らしいものだろうか。一時は殺されかけたが、こうやって一緒に食事をするのも縁だろう。

 

 そんな風に感慨もひとしおで私が笑っていると、ふいに遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。


「おーい、彩弓」

「どうしたんだ健」


 健は私の元にやってくるなり、小さな弁当箱を見せながら告げる。

 

「一緒にお昼食べようと思ったら、いないから探したよ」

「ちょうどいい。お前たちもこれを見てくれ」


 せっかくなので、健にも宇宙服のジュニアを見せると、健はなんだか複雑そうな顔をしていた。


「彩弓はジュニアが好きだね」

「ああ、大好きだ。ジュニアと結婚したいくらいだ」

「彩弓は結婚という概念を知っているんだね」

「結婚くらい知っているぞ。究極までに愛を高めた二人がともに暮らすことを言うんだろう?」

「まあ、間違ってはないけど……本当にわかってるかどうか怪しいね」

「私にだって愛くらいわかるぞ! 二十歳を迎えたら、誰しも愛を知るものなんだろう?」

「なんで二十歳なの?」

「姉さんが言ってた」

「彩弓がこじらせてるのはお姉さんのせいなんだね」

「どういう意味だ?」


 健の言葉に何か引っかかりを覚える中、隣のルアが考えるそぶりを見せる。


「彩弓のお姉さん……ね」

「どうしたんだ? ルア?」

「彩弓はお姉さんの過去のことを知っているの?」


 ルアの言葉に、私は首を傾げる。

 

 姉の過去とはなんのことだろう?

 

 不思議に思っていると、健が口を挟む。


「ああ、そういえば友梨香さんの前世は侍女長さんなんだよね」

「なんだそれは、初めて聞いたぞ」

「言っちゃいけなかったのかな?」


 健は頭を掻きながら言うが、ルアは目を瞬かせる。


「……侍女長?」

「どうしたんだ、ルア」

「なんでもないわ」


 その顔はなんでもない顔には見えなかった。


 私がルアの様子を不思議に思っていると——今度は健がルアに声をかける。


「それよりルアちゃんこそ、そろそろ教えてほしいんだけど」

「何を?」

「ルアちゃんはいったい何者なの?」

「ああ私の前世?」

「え? 前世? ルアもやはり前世の関係者なのか?」


 私がドキドキしながらルアの答えを待ち構えていると、ルアは髪の毛を払いながらドヤ顔で告げる。


「仕方ないわね。特別に教えてあげるわ。私は第七王女ルア―ルよ」

「え?」

  

 ルアールとはどんな人物だったか……首をひねりながら考えるもの、自分の記憶にはなかった。


 それで健に確認しようとしたら、健は拍子抜けしたような顔をしていた。

 

「ルアちゃんは、てっきり第二王女かと思ったよ」

「違うわよ」

「ルアール、ルアール……ああ、そうか!」

 

 ようやく思い出した私は拳を手のひらにポンと乗せる。


「第七王女とは……あの小さなお姫様か! 騎士団とは面識もないのに、どうしてそんなに騎士団を欲しがるんだ?」

「お父様がよく騎士団の話をしていたのよ。寝る前に聞かせてくれたおとぎ話は全て騎士団の話だったわ。だから刷り込まれたようなものね。いつか私も騎士団に守られるお姫様になりたいって思っていたけど……騎士団の七人は辞めてしまうし」

「ちょっと待て、辞めたとはどういうことだ?」

「そういえば団長は知らないのよね。処刑されちゃったから」

「処刑のことも覚えてないが——そんなことより、騎士たちが騎士を辞めたというのは本当なのか?」


 私がルアの話に食いつくと、健が慌てたようにルアに告げる。


「ちょっとルアちゃん、その話はダメだって」

「あら、内緒だったの?」

「騎士をやめるなんて、どういうことだ!?」

「だから知られたくなかったんだよ」

「どうして騎士を辞めたんだ!? お前たちが陛下をお守りしなければ、誰が守るというんだ!?


 私の言葉に健が黙り込んでいると、あとからやってきた尚人が口を挟む。


「大丈夫だよ、俺たちの代わりはいくらでもいたから」

「お前たちは忠誠心を忘れたのか!?」


 だが、私は納得できなかった。騎士たちが騎士を辞める? 


 それは、私の顔に泥を塗ったも同然で——何より、国王陛下への反逆とさえとられてもおかしくはない行動だった。


 なにせ王族を守るために存在した騎士なのだから。


 だが声を荒げる私とは違って、尚人は冷静だった。


「俺たちは団長のことを忘れられなかったんだよ」

「そんなこと……言うな!」

「彩弓!」


 とんでもない話を聞かされて、私は思わず皆の前から逃げ出した。


 騎士団が自分のことを忘れたくないと言ってくれたのは嬉しかった。


 だが陛下を孤独に追いやったのが自分だと思うと、我慢ならなかった。


 そう、騎士たちがいなければ、陛下は孤独だった。敵の多い王宮内で唯一の味方が私たちだったというのに……。


「どうしてそんな簡単に、騎士を捨てることができるんだ」


 空を見れば、まるで私のモヤモヤとした胸の内をさらけだしたかのように、暗雲がたちこめていた。 






 ***






「彩弓」


 放課後、ルアが私の席にやってきた。その顔は心配そうで、なんだか申し訳ない気持ちになる。


 そういえば私は、昼休みにルアを置いて逃げてしまったんだ。


「……ルア、昼間は済まない」

「構わないわ。それより、もう大丈夫なの?」

「何がだ?」

「私、お昼に余計なこと言っちゃったから」

「ルアのせいじゃない。むしろ、教えてくれて良かった。それより、なんだか外は雨が降りそうだ……ん?」

「どうしたの?」

「ない……ない……」


 私はバックパックを手で探りながら青ざめる。


「何がないの?」

「伊利亜ジュニアがいなくなった」

「お昼はちゃんと持って帰ったの?」

「あ! そういえば」


 騎士たちが騎士をやめたと聞いて、思わず逃げ出してしまったが……。


「うっかり、置いてきたかもしれない」

「じゃあ、雨が降る前に探さないと」


 慌てて中庭に出た私たちだが、弁当を食べたベンチには何も残っていなかった。


「……ない……ない……どこにもない」


 ベンチ付近の茂みを懸命に探していると、そんな時、ひかる先輩が通りかかる。


「彩弓ちゃん」

「ああ、輝先輩」

「どうかしたの?」

「ちょっとぬいぐるみを失くしてしまって」

「ぬいぐるみ?」

「そうだ、猫のぬいぐるみのキーホルダーなんだ」

「良かったら一緒に探すよ。最後に見た場所はどこなの?」

「お昼にこの辺で食事をした時はあったんだが……どうしよう、どこにもない。ジュニア~」


 それから私は、雨が降るまでの一時間、ジュニアを探し続けた。


 だが三人で探しても、伊利亜ジュニアは出てこなかった。


「……結局、どこにもなかったわね」


 ルアの言葉に、私は肩を落としてため息を放つ。


 放課後の教室に残っているのは、もう私とルアだけだった。


「ううう、可哀相なジュニア、きっと今頃一人で寂しがってるはずだ」

「落とし物も聞いてみたけど、なかったみたい」

「そんなぁ」


 教師に確認してくれたルアだったが、その悲しい結末に、私は膝から崩れ落ちたのだった。






 ***






 翌朝、ルアや健、それに尚人が教室にやってきたが、喋りかけられても何も耳に入ってこなかった。


 私がひたすらぼうっとしていると、そのうち心配そうなルアの目が、私の顔を覗き込む。


「彩弓、大丈夫?」

「……ほへ?」

「大丈夫じゃなさそうね」

「今日は伊利亜ジュニアの夢を見たんだ。ジュニアのやつ、今までありがとうとか言って、どっかに行ってしまった。もしかして私のことが嫌いになったのかもしれない」

「それは夢でしょう? 大丈夫よ、きっと出てくるから」

「皆でいっぱい探しても出てこなかった」


 私が泣きそうになっていると、尚人がそんな私の手をとって告げる。


「彩弓、元気だして。また俺が買ってあげるから」


 嬉しい申し出だが、それは無理な話だった。


「あのジュニアと全く同じものはもう売ってないんだ」

「そうなの? それは困ったね」

「伊利亜ジュニア……ううう」

「……彩弓」

「あいつがいないと、私は生きていけない」


 私がその場で静かに涙を流していると、今度は伊利亜がやってくる。


「何をしてるんだ?」


 生徒会書記をやっている伊利亜は、うちのクラスにたまに出没していた。

 

 伊利亜が目を丸くする中、健が説明する。


「あ、伊利亜……実は、彩弓がジュニアを失くしたらしいんだ」

「そうか。だが形あるものはいつか壊れるものだろ」

「いや、壊れたならまだ修復すればいいけど、物がなくなってるから」


 その無情な言葉に、私が滝のような涙を流していると、ルアが何かを閃いた顔をする。


「あ」

「どうしたの? ルアちゃん」


 目を瞬かせる健の傍ら、ルアは不敵に笑った。


「いいこと思いついちゃった。ちょっと耳をかして」


 それからルアは健や尚人にこそこそと喋りかける。

 

「なになに?」

「実は……ごにょごにょ」

「ええ!? ルアちゃん、正気?」

「もちろんよ」


 何を喋っているのかは知らないが、私は自分のことで手一杯で、これから起きることを全く予想していなかった。


 




 ***






「ああ……憂鬱だな」


 登校前の自宅マンション。


 部屋にある伊利亜ジュニアの衣装を見るたび、目にじわっと涙がたまった。


 あんなに大切にしてたのに、私がうっかり中庭に忘れてしまったから……。


 ジュニアのことが吹っ切れない私は、暗い気持ちで登校するが、そんな私のところに笑顔のルアが現れる。


「おはよう、彩弓」

「ああ、おはよう」

「元気ないわね」

「ジュニアがいないと、力が出ないんだ」

「そう、ならいいもの見せてあげるわ」

「え?」

「——おい、離せ! 俺はこんなこと、許可してないからな!」


 私がぼんやりした目をルアに向ける中、朝から健と尚人が私のクラスにやってきたと思えば——。


「伊利亜……ジュニア?」


 うちの制服を着た大きな猫耳の——伊利亜ジュニアを引っ張るようにして連れてきた。


 その姿を見た瞬間、私の目に光が戻ってくる。


「伊利亜ジュニア! ジュニアが大きくなった!」

「そうよ、彩弓。ジュニアが人間の大きさになって帰ってきたのよ」

「何をバカなことを……」


 伊利亜ジュニアは青筋を立てていたが、その猫耳は間違いなくジュニアだった。


 戻ってきてくれたジュニアを見て、私はこぼれんばかりの笑顔になる。


「ジュニア! 大きくなったな!」

「彩弓、本気でジュニアだと思ってる?」


 そんなことを言う健を、ルアが睨みつける。


「しっ、余計なことは言わないで」


 だが外野の言葉など入ってこない私は、ゆっくりとジュニアの顔に手を伸ばした。


「伊利亜ジュニア……探したんだぞ! 今までどこに行ってたんだ」

「俺はジュニアじゃない!」

「可愛いな、ジュニア。新しくお姫様の衣装も作ってあげるからな」

「ぷっ」

「良かったなぁ、ジュニア」

 

 吹き出す健と尚人を、ジュニアは据わった目で見ていた。


「あんたたち……」 

「ジュニア……今度こそどこにも行かないでくれ」


 私が思わずジュニアに抱き着くと、クラスでキャーという悲鳴が上がった。


「そうだ伊利亜ジュニア! 結婚しよう!」

「は?」

「彩弓、本気?」


 目が点になるジュニアに、大げさに仰反のけぞる健。


 私は堂々と告げる。


「私は本気だ。どうやらこの年にして、愛を知ってしまったようだ」


 姉さんは二十歳にならないと愛を知ることができないと言っていたが、私にはこの気持ちが愛だという確信があった。


 なぜなら、伊利亜ジュニアだから!


 私がそんな風に興奮する中、健が驚いた声をあげる。

 

「彩弓!?」

「ヤダ、急展開ね。面白すぎるわ」


 さらに強く抱きしめると、伊利亜ジュニアは照れたようにそっぽを向いた。








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